丸山バラックリン探訪
西村周治と西村組インタビュー

丸山バラックリン探訪
西村周治と西村組インタビュー

すり鉢状の斜面に家々が立ち並ぶ、神戸長田区丸山エリア。昭和初期には旅館や温泉場、遊園地まであった“神戸の奥座敷”とも呼ばれていたが、今ではひっそりとした住宅地に。

そんな丸山エリアのなかでも、忘れられたような廃屋が並ぶ一角で、自力で“村おこし”に挑んでいるのが西村周治さん。小さな小屋なども合わせれば8つのバラックとその土地をまとめて手に入れて、それを仲間たちと少しずつ片付けながら、人が集まれる場所へと改修を進めている。
西村さんはこの場所を「丸山バラックリン」と名付けた。


西村周治
1982年生まれ。学生時代、兵庫区の稲荷市場にあったボロボロの長屋をDIY改装して住み始め、以来、廃屋となった物件に入居して改装しては引っ越しを繰り返している。「有機的な建築集団」の西村組を結成、親方となる。


写真アルバム編はこちら
※撮影のために一部マスクをはずしています

取材に集まっていただいた丸山バラックリンの面々(の一部)。

実はこの場所、神戸電鉄「丸山」駅から徒歩3分ほど。
これほど駅のそばにあって、手つかずのまま放棄されてきたのには理由がある。

西村まったく車が入れない場所なので、解体するにしても建て直すにしてもすべて人力で運ばないといけなくて。しかも、もう10年くらいは放棄されていたので、なんともいえない雰囲気で余計に廃れていったみたいです。

この斜面に写る家はすべて空き家の状態。違法建築にも見えかねないが、西村さんが手に入れたのはすべて登記済みの物件。

普通であればちょっと手を出さないような厄介な物件。しかし、西村周治さんは、神戸市内でもアクセスや状態に難がある空き家物件を何軒も購入して、それらをDIYでいい感じに改修してきた実績がある。これまでに直した空き家は10戸以上。直した家に自身で住んでみたり、貸したり、売ったり。

今では「西村組」を組織して、この丸山エリアの他にも、兵庫区の平野エリア、長田の空き工場、塩屋、和田岬といった場所で、空き家のDIY改修を進めている。

西村組のしごと紹介。これぞほんとの劇的ビフォーアフター。
https://nishimura-gumi.net/home/

西村銀行にお金をたくさん借りて、必死になんとかやってます。よく生きてるなって感じですけど。ただ、この丸山では賃料をもらったりはしてないので、自分が大家だという感覚もなくて。固定資産税だけでも結構払ってはいますけど…。

―丸山バラックリンではお金のやり取りなし?

西村そうですね。賃貸化して場所を運営するというやり方もありますけど、この場所は地球の一角をみんなで借りてるという感覚。そう、地球です(笑)。だから、僕が管理してるつもりもないし、関わるみんなで場所をつくりながら、アップデイトしていけたらいい。自分ひとりでなんとかできるような場所じゃないですから。

今のところ、この4月に秋田から移住してきた中村邦生さんがひとりで丸山バラックリンに住んでいる。家賃は0円。

資本経済に絡め取られず、独自の公共圏をつくり出すような西村さんのチャレンジ。
丸山バラックリンは、運営だけでなく改修のやり方もまた独特だ。新しく材料を買い揃えることなく、この場所にもともとあった残置物や、西村さんらがよその現場で集めた古材、古物を使って改修を進めている。

西村さんが手がけたキッチンシンク。脚立とシンクはどちらも廃棄物を活用。
にぎやかな屋台村のような炊事場。
もともとは窓のない壁だった南面は見事にオープンなバルコニーに。こちらは、神戸を拠点に活躍するTEAMクラプトンが手がけた。
バルコニー部のビフォア写真(左)との対比。新しく入れた大ガラスは廃業した美容室のもの。

西村水栓部材をコーナンで買うくらいで、あとは、基本あったものを使って。地産地消です(笑)。なにか新しいものを買っても、急な坂を持っておりるのが大変という理由も大きいですけど。

―すでにたくさんの空き家改修を手がけている中、1軒単位の空き家ではなくて、丸山バラックリンのような「村」に手をつけ始めたはどうしてでしょう。

西村1軒だけを改修するよりも周囲に対してパワーが生まれますし、それぞれの家を全然ジャンルの違う人が使うことで新しい交流が生まれたりするので。そうやって関わる人を増やせば、そこからまた新しいものが生まれたり、新しい人が来るだろうと。なので、丸山バラックリンでも村民はいつも募集しています。

西村組の親方、西村周治さん。学生時代に兵庫区の稲荷市場で長屋を改修しつつ、友人たちと住み始めたのがこの活動の原体験。

兵庫区の平野エリアの物件ではすでに先行して「村化」が進み、絵描き、左官屋が集まってアトリエや住まいとして使いはじめている。家と家のすき間ではひよこも飼い始めたそう。まさに村。村って自分たちでつくれるものなんだ。

西村やっぱり場所によって集まってくる人も違うし、特色も出ます。僕はそれぞれの場所を巡りながら、ゴミ捨てと雑用係。解体や改修をいっしょにやるメンバーも場所によっていろいろで、気づけばたくさんいたり、来るのか来ないのかって人もいるから。

―行政からの助成を受けたりもしていますか。

西村場所によっては補助金ももらうけど、丸山バラックリンではまだ。助成金のような他の力を借りてしまうとそれが負担になることもあるので、いったん保留にしています。

行政や企業に頼ることなく、それぞれに技を持った人を集めて、廃屋改修と村づくりを進める西村さん。
この丸山バラックリンの改修には、丸山で生まれ育った上野天陽さんも関わっている。

上野天陽さんは、建築系の学校を卒業して、まちづくりの活動を始めたところでちょうど西村さんに出会ったという。

上野丸山が地元ですけど、(丸山バラックリンのある)こっちの斜面には用事もないので立ち寄ったことがなくて、まさかこんなことになるとは(笑)。
友達にバラックリンという名前だけ伝えても、「何やそれ?」って感じですけど、イベントしたときなんかに写真を撮って友達に見せたら、「ええ感じの場所やん!」って。丸山の地域のひとたちにも、あの人らがやってるんなら大丈夫やろうって思ってもらえるように、地元とのクッション役にもなっていけたらと思っています。

上野さんは、丸山エリアのまた別の土地、旧大日温泉のそばにある空き地を借りて、そこを畑にしようとも目論んでいる。

上野さんの指差す先、苅藻川沿いの土手がその空き地。草刈り+音楽ライブのイベントも開催。ちなみに旧大日温泉はかつての銭湯跡で、東京からミュージシャン夫妻が移住して改修を進めている。

そして、今のところ、丸山バラックリンの唯一の住人、秋田から移住してきた中村邦生さんはここでの暮らしをどう感じているのか。

邦生住み心地はある程度予想通り。秋田でもボロボロのアパートの一室を借りて、そこを自分で改修しながら住んでたので、まあ、屋根があったら十分かみたいなところもあって。ただ、初日はあまりに怖くて寝れませんでした。ひとりじゃないと思いたくて、即興でインスタライブをやってたけど、その映像がまたホラードキュメンタリーみたいでした。

六甲山で毎年開かれている「六甲ミーツ・アート2020」にアーティストとして出品していた中村邦生さん。西村さんがその作品を見て声をかけたところから縁が始まった。

―丸山バラックリンをどんな場所にしていきたいでしょう。

邦生まだいろんなことが整理されてないので、ゴールはないかな。直近のことでいえば、冬のお風呂はどうするかという問題があるので、少しずつ自分の生活水準を上げていきたい。そうすれば、おのずと他の人も来やすい場所になるんじゃないかと思います。場所だけはいくらでもあるので。

邦生さんによる巣づくり的空間構成。この奥を居室にしている。

再開発やリノベーションという既存の言葉ではとうてい形容しきれない、丸山バラックリンの村づくり。
新しく家や建物を建てるのではなく、すでにある建物を活かすことの面白さは、その土地に自分の暮らしを重ねていくことでもあるし、そこを人任せにしないことで見えてくるものも多い。

西村すでに空き家が余りまくっている状況で、新しい家をつくることに意味を感じないので、これからもどんどん直していきたい。自分のやり方だとやっぱり人次第なので、集まった人たちと少しずつ村をつくっていけたらと思います。

丸山バラックリン
Instagram:@barrack_rin
長田区で2年に1度開催される「下町芸術祭2021」に丸山エリアとして参加予定

※2018年に西村周治さんにモバイルハウスについてインタビューしていますのでこちらの記事もぜひ
https://karigurashi.net/ours/mobilehouse-1/

文・編集:竹内厚 撮影:坂下丈太郎

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