醍醐石田から
六地蔵界隈をまち歩き 3

[伏見東~桃山南シリーズ]

醍醐石田から
六地蔵界隈をまち歩き 3

2020年10月、「うち まち だんち」編集部の12人が醍醐石田団地に集まって、まち歩きを行いました。山手である桃山丘陵の方へ向かうチーム、六地蔵からさらに南へ向かうチームと三々五々。町並みや地形の変化にも富んだこのエリア、編集部員それぞれが気になったことをレポートします。

* まち歩き1は こちら
* まち歩き2は こちら


伏見の階段を駆け下りる

文:すけぐち

坂道を下っている途中で訪れた伏見桃山陵。明治天皇が眠る御陵からは、街が一望できました。美しい曲線を描く山々、きらきら光る宇治川…手前にはURの桃山南団地も。
絶景を堪能したあとは、ふもとに向かって伸びる大階段をひたすら下り続けました。その数、なんと230段! すべて下りきって振り向くと、再び絶景が。最高に下りがいのある階段、また下りたい!


カマキリの祈り

文:ありが

宇治市名木百選に指定されているというクスノキをはじめとした豊かな緑が生い茂る「許波多神社」。その境内で出会ったのは、「拝み虫」なんて呼ばれることもあるという、カマキリでした。どうやら神社に拝みに来るのは人間だけではないようです。
スマートフォンのカメラをギリギリまで近づけてパシャリ。そんなことなど眼中にないかのように、大きな木の幹にしっかりと留まりながら一心に祈るその姿にしばらく見惚れてしまいました。一体何をそんなに強く願っているのでしょうか。
「目の前に蝶々が舞い降りるまで祈るのをやめない!」
穏やかな空間の中で、そんな声が聞こえてきそうな気がしました。


看板が主張する街並み

文:みやす

JR奈良線六地蔵駅の東側を通る幹線道路(京都宇治線)を南へ歩くと、大きなフォントで構成された目立つ看板が次々に登場してきます。この通りには、スーパーマーケットの他に、総菜とお弁当屋さん、飲食店、診療所等、あらゆる業種の商業や生活支援施設が並んでいます(アスリートのごはん屋さんって、どんな大盛りでしょうね)。空き地や空き店舗などもあまりなく、次々と新しい店舗も増えているようです。新しい看板に変えているレストランにも出会いました。マクドナルドは京都の景観規制でちょっとおとなしい色使いになっていますね。ドライブスルーもバス停をモチーフにしたデザインになってます。


せめぎ合って、ガッテン

文:たけうち

ひとつ道路を隔てれば、線路を渡ると、川を越えれば、アッという間に街の空気が変わる。ヘタ地や旗竿地、三角地といった不定形な土地もたくさん目にした。都市、自然、郊外、田舎、車社会、鉄道路線、伝統家屋、下町商店…いろんなものがせめぎ合う六地蔵界隈。このエリアにキャッチフレーズをつけるなら、「せめぎ合って、六地蔵…」にするなと思いつつ、界隈を歩く。
帰宅してから縮尺の大きな地図を見直して、なんとなくガッテン。京都・山科から山と山の間を抜けて南下してくる山科川、南東からは宇治川が北上、さらに西側には昭和初期まで巨大湖の巨椋池があった…という、地理的地形的にもせめぎ合いの合流スポットにして、交通の要所だった。人体でいえばツボの宝庫のようなもの。
そんな中を気持ちよく通り抜けていくバイパスの役目を果たしていたのが、川沿いの道。宇治川の土手、山科川の堤防道。いろんなせめぎ合いなんてどこ吹く風で、スイーッと歩いていける。人体でいえば、こちらは経脈。いい気が流れてました。


久々の小栗栖北団地、その周辺は歴史遺産が!

文:こまさ

「小栗栖北団地」は、記憶をたどると、そもそも地下鉄の駅がなかった時代に来たなぁ…。地下鉄東西線の開通直前だった2003年以来、なんと17年ぶりの来訪。一つ北側の醍醐駅までしかなかった時代に比べると、石田駅から山科川を越えるとすぐになり、ええ感じやん。駅から余裕の徒歩圏になったけど、相も変わらず、気持ちの良い木立のなかにのんびりした団地らしい空間が広がります。
団地から少し北西に歩いていくと、大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公、明智光秀さんが討たれた場所(明智藪)、光秀を討った人と言われている飯田家のお城跡(今の小栗栖八幡宮)が。そして、その近くの小高い丘から団地方面を眺めたり。実は名所旧跡が多いんやなと再認識するお散歩でした。

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