[HAT神戸シリーズ]
物が語る、記録する。
人と防災未来センターのモノ資料
2020.04.15
阪神・淡路大震災の経験と教訓を未来に伝えるため、2002年、HAT神戸に創設された「人と防災未来センター」では、1995年10月から収集をはじめた震災とその復旧に関する資料や記録が保存され、その一部を展示しています。
震災を風化させないために集められたこの震災資料のなかには、被災者の日記や避難所の日誌、数々の写真はもちろん、生活雑貨やプライベートな持ち物などからなるモノ資料も含まれています。
カリグラシマガジンとしては、このモノ資料に着目。震災を記録、継承する役割を担うモノとは何か。それがどう選ばれ、保存されているのか。震災資料専門員の山村紀香さんの案内のもと、人と防災未来センターのモノ資料に迫りました。

建物の設計も、時間とともに成長拡大していく塩の結晶体のイメージから。






旅行かばん、日めくりカレンダー、炊飯器のこげとり、スクーター、オリックスのユニフォーム。この5枚の写真を見てあなたは何を想像しますか?
誰かが日常生活で使っていたものなのか、好きな野球選手のユニフォームのコレクションなのか。写真から想像できるのはその程度ですが、この物が持つ本当の意味は何なのでしょう。
これは、人と防災未来センターに寄贈され、保存されているモノ資料の一部。センターが所蔵する震災の一次資料の多くは個人レベルのもので、震災の様子を記録した写真や映像、当時のラジオ放送の音声、スクーターからこげとりまで、25年間で集まったその数は約19万点に及びます。
一見して震災資料とわからないものも含まれるモノ資料ですが、どのようなルールで保存されているのでしょう。

「個人の方から寄贈されるモノ資料に関しては、震災の被害を物語るもの、復旧・復興の過程でできたものという定義を設けて、受け入れています。震災が発生した時刻で止まっている時計など、資料としてわかりやすいものもありますが、大半のものが背景にあるエピソードを聞かないと震災資料ということはわかりづらいかもしれません」。
旅行カバンは避難する際に身の回りのものを入れて運んだもの。スクーターは産経新聞神戸基地局の記者が震災時に取材で使用していたもの。こげとりは灘区の避難所で使われないまま保存され、明石に暮らしていた方が日常的に使っていた日めくりカレンダーは、1月17日のまま…。背景にあるエピソードを聞くと、そのモノの存在する意味、見えかたが変わってきます。
「知らずに見る人にはただの野球のユニフォームですが、震災があった1995年当時、オリックスは神戸を本拠地としていました。イチローをはじめとする選手たちが“がんばろうKOBE”を合言葉に被災者を勇気づけ、1995年に11年ぶりのパ・リーグ優勝、翌1996年に日本一に輝きました。オリックスから寄贈されたこのユニフォームは右腕にその合言葉がプリントされています」。

震災当時の人々の営みや、復興への思いを伝える役割がモノ資料にはある。それを踏まえて、山村さん案内のもと西館3階の「震災の記憶フロア」を訪ねました。




壁一面の写真には、ビルや家屋が倒壊し瓦礫が山積みになった神戸の街、水道管が破裂してやむをえず水くみをしている人の様子、仮設住宅で助け合って生きる人々の姿などが切り取られていました。震災を体験していない世代の人が見ても被害の大きさを感じることができる展示です。

さまざまな地域や国から贈られてきた救援物資、寄贈されたモノ資料もたくさん展示されているなか、手作り感あふれる表札に目が止まりました。
「これは、長岡さんという女性が、阪神・淡路大震災のときにカマボコ板やタンスの廃材で表札を作り、仮設住宅の住民に配ったもの。長岡さんは東日本大震災の時も現地へ行かれて表札を配られたそうで、当センターで語り部ボランティアもされていました」と山村さん。
集合住宅でも表札をつけない家が増えているなか、お隣さんとの距離が近くなりそうな手作り表札。震災という非常時でもささやかなアイデアと行動力で、人々の心を明るく和ませたことが想像できます。

次に案内してもらったのは1階ロビーで開催されていた、震災から25年の特別展示(2020年5月上旬まで開催予定)。資料室が所有する約19万点の所蔵資料の中から、常設展示では公開されていないモノ資料が約40点展示されていました。
「今も震災資料を寄贈される方はいますが、そのほとんどが写真になります。写真はご自身の終活や遺品整理でご家族の方が寄贈されるケースが多いですね。最近で大きなモノ資料だと、鉄道マニアの方から寄贈いただいた被災車両の前面扉があります。阪急電鉄さんに依頼をして調べていただき本物だということが判明したので受け入れさせいただきました」。

こうした電車の車両扉まで含まれるのが、寄贈をベースに進めている防災センターのモノ資料の面白さ。能動的に集めようとするだけでは揃わない多様なモノが、寄贈者のエピソードとともに資料になっていきます。そして、震災から25年という月日を超えてもまだ寄贈は続いています。



今回の特別展示では、HAT神戸内にある神戸市立渚中学校の生徒とワークショップを実施。生徒には先にモノだけを見せて、それが震災資料である理由を考えてもらい、その後でエピソードを伝えていっしょに手書きの紹介文をつくったそうです。
震災を経験していない世代に、震災の被害の大きさや被災者の思いを伝える新たな試み。なぜ形態や主体もさまざまな資料がセンターにやってきたのか。
さまざまなモノ資料が持つ背景や履歴を考えることで、震災が引き起こした問題やそのものに関わった人々の立場の多様さ、地域文化などを知ることができます。
※「人と防災未来センター」と渚中学校をはじめとするHAT神戸地域との関わりについては、ジャーナル記事でも紹介。
→ https://karigurashi.net/journal/hitobou-chiiki/


最後に、モノ資料を保存している収蔵庫も特別に見せてもらいました。センターには大型のものを保存する収蔵庫と紙資料を保存する収蔵庫がそれぞれあります。
収蔵庫に保存されている仮設住宅入居募集の看板は、いかにも震災資料だとわかりますが、この場所でなければ粗大ゴミとして捨てしまいそうなものも。実際に収蔵庫を覗くと、保存されているモノ資料の範囲の広さにますます感心してしまいました。




「センターでは震災資料はあればあるほどいいという考え方なので、今のところ一次資料の受け入れの制限はありません」と山村さん。あくまで震災資料の定義はセンター独自のもの。震災資料の枠を広げる多様なモノ資料の受け入れ方は、年齢、性格、学歴、価値観などの多様性を受け入れ、広く人材を活用することで生産性を高めようとする今の時代に通ずるものを感じます。
「今後の課題はモノ資料の可能性を広げていくことです。陽の目を見ていない資料がたくさんあるので、展示の入れ替えや展示の切り口を工夫していく必要があります」。
資料をいかに活用するか、どのような見せ方で展示をするかによって、震災の記憶を呼び起こすことも、人間の強さや素晴らしさを伝えることもできます。そして、見る人によって新たな知恵や教訓を引きおこすことも可能です。
モノ資料は私たちに新たな学びを経験させてくれるポテンシャルを秘めています。
阪神・淡路震災記念 人と防災未来センター
神戸市中央区脇浜海岸通1-5-2
開館時間/9:30~17:30 金・土曜日は~19:00、7~9月は~18:00
休館日/月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始
入館料/大人600円、大学生450円、小・中・高校生無料
※日本一の規模を誇る防災センター。震災資料の収集・保存の他にも、防災の研究やネットワークづくり、災害対策の人材育成などの機能も持ちあわせています。
※感染拡大防止のため、現在は休館中。休館状況はホームページを確認ください。
取材・文/西川有紀 撮影/坂下丈太郎 編集/竹内厚