『雨を告げる漂流団地』
石田祐康監督インタビュー in 西長堀団地

『雨を告げる漂流団地』
石田祐康監督インタビュー
in 西長堀団地

「これはもう最高ですね!」。大阪西区の名物団地・西長堀アパート でカメラのシャッターを切っては、たまらない顔を浮かべる。その人、団地好きを公言するアニメーション監督の石田祐康さん。団地好きが高じて、団地を舞台にした新作アニメ映画『雨を告げる漂流団地』を撮ってしまったほどです。
大海原を漂流する“団地船”に乗るのは、小学生たち。企画段階では小学校校舎などさまざまな可能性もあったそうですが、石田監督は団地で押し切ったといいます。しかも本作を構想中に「ロケハンをかねて」団地へ引っ越すほどの力の入れよう。そんな監督が言うには、団地という構造物はジュブナイルSFの最適な舞台である――って、団地ファンからすれば今世紀最大の発見と言ってもいいのでは。
団地映画の新たな船出ともいうべき本作について、そして監督の団地への愛を、たっぷり語っていただきました。

©コロリド・ツインエンジンパートナーズ ※以降の場面写真もすべて

いっそ団地を“船”にしよう。

―石田監督の新作『雨を告げる漂流団地』は、小学6年生の子どもたちが解体の進む古い団地ごと漂流してしまうお話です。まず、物語ができるまでの監督の頭のなかをご確認したいです。①子どもたちを漂流させたい→②その船はどうしよう→③あっ、団地や! と思われたと。この流れ、合ってます?

石田:合ってます。団地の前にまず子どもたちがいて。企画初期の頃に「こういうのがやりたい」と出したものが、まぁざっくり言うとドラえもんの劇場版みたいなもので。
複数人の少年少女が漂流したのちに帰ってくる、というようなメモをなんか書いてたんですよね。そのメモに団地という言葉も確か書き込んであった。といってもその時点では団地は漂流とかはせず、背景のひとつとしてあっただけ。子どもたちが団地で遊びつつ、なんかしらの別の扉を開けて異世界に行く…と団地との接続性はそんなになかった。それが何稿かやっていくうちに子どもたちが海の上にいる絵が浮かんで、あっ、いっそ団地が船になって海を漂流してるっていいんじゃないか、って。

―「じゃあいっそのこと団地で」と繋げる人ってあんまりいないです。団地映画というジャンルに新たな視点の作品が登場したな、と思いました。

石田:団地が海の上を漂流する映画はほかにはない、とは確実に言えたので。信じてこのままいけばいいかなと。

クラシックデザインな「鴨の宮団地」の112号棟が、巨大船のように海を進む。

―もとから監督は、ジャンル映画としての団地映画好きだったりするんでしょうか。

石田:いろんな団地の映画は観たりはしましたね。そういう話もしていいんですかね?

―全然大丈夫です。

石田:映画じゃなくて団地紹介映像になるんですけど、日本住宅公団が作った『団地への招待』はいいですね。(取材班一同が大きくうなずく)あっ、ここにおられる方はやっぱりご存知なんですね。

―1960年に入居当選者向けに制作された、団地生活のハウツービデオですよね。換気扇や換気窓を使わないとガス中毒になるぞ、などなどの注意事項も教えてくれるという。

石田:窓を閉めたら空気が籠もる空間というのは日本人もはじめての経験だからこそ、そんなことからしてちゃんと言わないといけない。水栓式トイレの使い方もひとつひとつ解説してましたね(笑)。そこから想像できる、それまでの日本家屋での生活との違いを感じられておもしろいです。
1960年というと、団地住まいは高所得者のひとつのステータスだったと聞いてます。『団地への招待』の舞台であるひばりが丘団地(東京・多摩)もできたばっかりの頃で、木も植えたてで風景が開けている。でもって団地もきれいで、住んでいる人たちの目も輝いている。2020年代に映像を観てるのに変な話ですけど、なんだろう、未来を見ている感じというか。空想未来都市ものの挿絵にありそうな雰囲気を、あの映像から感じ取れますよね。

本作は劇場公開のほか、Netflixで世界配信も。つまり団地という日本の住宅様式も世界に発信。

―本作で団地をメイン舞台にしてしまったほど監督が団地に惹かれる理由って、なんでしょう。

石田:僕、シンプルなもののほうが惹かれるというのが性質としてあるので。1950年~60年代の建物に共通してる感じの「ただのハコ」みたいな建物に惹かれるんですよね。ある意味、無印良品みたいな感じと言えるかもしれない。実際にURと無印がコラボしてるのは納得だなと思いました。
で、なんで団地を船にしたのかっていうのは、ジャングルジム的な感覚というか。キューブ型の段々になった構造物って、ジャングルジム感覚で入ってみたいし、登ってみたい。遊具として駆けまわってみたいな、っていう童心に返るような考え方で。そんな深い意味はないやつですね(笑)。

―ご実家は平屋で、街には団地があったそうですね。「団地を駆けまわってみたい」というその感覚は、幼少時代から育んだものだったり?

石田:ですね。実際に駆けまわってましたしね。友だちが住む団地に行くと平屋にはない風景が見えますから、階段を登ったり、廊下を走ってみたり。団地の1階って、ベランダと草地のあいだに妙なスキマ空間があるじゃないですか。そこに潜っていって友だちと遊んだりしながら、あの立体的な構造物を楽しんだ思い出はあります。映画でも(主人公の)航祐にあのスキマ空間に行かせたりしてるんですけど。


団地に引っ越しちゃいました。

―監督は今、東京・調布市の神代団地にお住まいなんですよね。

石田:団地に引っ越したのは、この映画がモノになるかも分からない企画初期の段階。団地が海の上を漂流する絵を描いて、『漂流団地』というタイトルが決ったぐらいで、具体的にどういう物語かという詳細は全然決まってなくて。2019年のお尻ぐらいには引っ越してたかなぁ。

―監督のブログでは、ロケハンも兼ねて団地住民になった、と書かれてますよね。それは、企画を実現するための意気込みだったりしますか。

石田:退路を断つみたいな感じも胸にはあったけど、ロケハンになるだろうという意味も込めて。映画でモデルにした団地とはまた別の場所で、間取りや見た目はまったく同じではないけど、まぁほぼ一緒だろうと。引っ越してきちゃいました。

―実際の団地ぐらしでは、これも、劇中で団地が漂流するシーンでサバイブのアイテムに使えるんじゃないか、とか思いながら?

石田:やっぱりありましたよ。たとえば、畳のふち、あれ使えそうだなとか。あの畳の帯や壁を這う電線で“浴槽いかだ”を映画でも作らせてます。ベランダにある洗濯竿でいくつかの浴槽を連結させて、ちぎった帯とかを留めヒモにするという。

―あの浴槽いかだ! 古いタイプの正方形型の浴槽と、長方形の新型タイプの浴槽がくっついた、ハイブリッドいかだの登場にはグッときました。団地って部屋によってお風呂の規格が違うかったりするよね、ってところにも考慮されているんだなって。

石田:団地の監修を頼んだ「公団ウォーカー」の照井(啓太)さんっていうマニアの人がいまして。その照井さんにいろいろと聞いていくなかで、ひとつの団地でも入居する年代によって浴槽の形も違うという話が出て。団地完成初期から住んでいた住民だったら、バランス釜がついたほぼ正方形の浴槽で、新しく引っ越してきた人の部屋は、バランス釜が取りはずされて長方形の浴槽になっている。映画のモデルにした団地が1959年につくられた「ひばりが丘団地」なので、新旧入り乱れた住民がいたんだろうなという設定はそのままにしてますね。……ところであのいかだ、名前がついてるんですよ。

―浴槽いかだに名前が?

石田:いかだはふたつ登場しますが、先に出てくる長方形の浴槽ひとつだけで作ったものが「ふろが丸」。子どもたち全員が乗れるよう正方形タイプと長方形タイプを組み合わせて作り直したのが「だんち丸」。漁船のナントカ丸っていう感覚で、いかだの設計をしてくれた子が名前つけてたんですよ。

こちらが旧型浴槽でこさえた「ふろが丸」。子ども3名が定員の船です。

―団地に住む監督が今もし漂流しても、すでに映画で団地アイテムを使っていろいろ実践されてますし、もう漂流のプロですね。

石田:…漂流はしたくないですけどね。とはいえちょっとした道具がないと(解体中の老朽団地で過ごすのは)さすがに厳しい、という部分もあったので。自作のオイルランプで灯りをつけるくだりは、「下の階に工事用の油があった」みたいなことをしれっとセリフで言わせてるんです。つまりこの団地は取り壊し間際なので、業者が入ってきて部屋のなかを順次バラシはじめている。だから工具とかがあるんだと、そうやって微妙にやりくりしてるんですよ。

ベランダの洗濯竿で釣竿を自作してみるものの釣果は…。

街なかの場所に育てられた。

―取り壊しされる団地のみならずローカルな遊園地の観覧車など、誰しもが記憶の底にあるような場所も登場します。本作は、思い入れのある場所にちゃんと「さよなら」と「感謝のことば」を伝える旅でもあると思うんです。

石田:お別れする間もなく姿がなくなってる場所ってごまんとある。せめて感謝のひとつでも言えたらな、という気持ちのうえで作っていたのは確かで。僕も地元の街で走りまわって、集合住宅やゲームセンター、空き地だとかで遊んで、そのひとつひとつの場所に育ててもらった感覚もある。こっちが勝手に乗り込んで勝手に遊んでるとも言えるかもしれないですけど、場所や空間に抱く想いっていうのは、人一倍あると思います。

―過去作でも「街」や「場所」に監督の視線は注がれていると感じていて。魔法の森ではなく現実世界とリンクするような場所をアニメーションの舞台とされますよね。

石田:自分と切り離せないような現実ごととして感じてもらいたい、というのはあるので、完全ファンタジーよりかは見覚えのある風景のほうがいいですね。

―団地=レトロと言われがちですけど、新しい古いによって場所が放つオーラは変わると思いますか?

石田:年輪を重ねるように想いはより宿るだろうという点において今回は古い団地を舞台に選びました。けれど個人的には新しい場所もふるさとになりえると思ってます。この団地が取り壊された後、映画の後に、新しい団地への建て替えがされていくと思うんです。新しい団地の完成まで描こうと計画したことはあったんですけど、映画本編ではとても描ききれなかったから、今はとにかく心の内に留めておこうと。個人的には新しくなった街にまた子どもたちがいるのかなって想像しながら描いてはいましたね。


西長堀アパートが船だったら…。

―団地好きの石田監督には、大阪が誇る名建築団地・西長堀アパートに立ち寄っていただきました。潜入してみていかがでしたか?

石田:映画の「鴨の宮団地」のような4階建てや5階建ての棟が建ち並んでるタイプとは違う、11階建ての一棟団地ってはじめて入ったので。刺激的でした。ホントにすてきで。

―完成は1958年、当時の賃料は大卒初任給の1.4倍だったそうで。司馬遼太郎氏や森昌子さん、野村克也監督らも住んでいた、もともとは高級団地です。

石田:やっぱりハードルの高さはあったんですね。それは感じました。部屋も自分が住んでる団地より全然広いんで、司馬遼太郎さんとかどうやって住んでたんだろうって、普通に気になっちゃう。竣工当時の姿を残す一室に昔の写真とかも飾ってあって、それこそ『団地への招待』を観たときの感覚に近いものを感じて。未来都市や…みたいな堂々たる佇まい。屋上から見た景色もすごかったなぁ。高いビルが四方に建ち並んでいて。
そこで素直に思ったのが、この団地が漂流したらどんな風になるだろうと。ビジュアルに関して言えば、まぁホント大迫力になる。

―大阪の北堀江という街なかのエリアにあるので、都会を漂流する団地になりますね。監督ならこの船のなかに誰を乗せます?

石田:西長堀アパートを船とするならば、子どもだけじゃなく大人もたぶん同乗させると思います。それも老若男女いろんなバリエーションの人を同乗させて、かつ動物も入れちゃうかもしれません。って、これ団地的にはいけないのかもしれないけど(笑)。でもあれだけの広い空間を活かすならば、犬とかがたまたま乗り込んじゃった、みたいな感じでいろいろ遊んじゃうかも。
そして大人がいるということは対立構造なのか共闘か、相互のリアクションがきっと生まれるでしょうから、今回の子どもたちだけで乗る船とはまた違ったできごとが起こる。漂流期間も長いかもしれませんね。いやぁどうなるんだろうって、すごい想像しちゃいます。

1021号室の「復刻住宅」は、まるで団地博物館。※イベント時以外の一般公開なし
写真が趣味の石田監督、シャッターを切りまくってました。
『雨を告げる漂流団地』

ストーリー:まるで兄弟のように育った小学6年生の航祐と夏芽は、生まれ育った場所であり、取り壊し工事が進む「鴨の宮団地」にそれぞれ想いを残していた。まわりからは「おばけ団地」と言われるその団地に潜入するふたり、そして4人の同級生は不思議な現象に見舞われ、なんと団地ごと漂流してしまった…!
全国の映画館で公開する同日に、Netflixでも全世界独占配信がスタートすることも話題。団地が海を渡ります。

石田祐康

1988年、愛知県美浜町という漁港町に生まれる。京都精華大学のマンガ学部アニメーション学科に進学し、大学3年生のときに制作した『フミコの告白』、そして卒業制作である『rain town』の両作が数々の賞を受賞し、大学生にして名が知れ渡る存在に。大注目のアニメーションスタジオ「スタジオコロリド」の設立当時から所属する。新作『雨を告げる漂流団地』は、森見登美彦の小説を映画化した『ペンギン・ハイウェイ』に続く長編第2作目。

取材・文/廣田彩香 写真/木村華子 編集/竹内厚

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