「考え続ける団体でありたい」
シェアサイクルで大阪の街を変えた
川口加奈さんインタビュー

「考え続ける団体でありたい」
シェアサイクルで大阪の街を変えた
川口加奈さんインタビュー

2021.09.17

大阪市内に数多くのポートを持つ「HUBchari」。赤いボディに黒い前かごのついた電動自転車を見かけない日はないほど、多くの利用者があるシェアサイクルだ。
さて、この「HUBchari」、2011年にシェアサイクルの先駆けとして誕生したサービスだが、ホームレス問題がそのきっかけだったことをご存知だろうか。


ホームレスになるかどうかは自己責任なのか

「HUBchari」の運営母体は、「Homedoor」という認定NPO法人。その創設者であり、理事長を務める川口加奈さんが大学2年生の時に立ち上げた、ホームレスの人たちの路上生活脱出をサポートする団体だ。

川口さんがホームレス問題に出会ったのは14歳の時。今から16年前のことだ。通学時、電車の窓から見える「あいりん地区(通称・釜ヶ崎)」で列をなすホームレスの人たちを見て「あれ何? なんであんなにホームレスがいるん?」と疑問に思ったのが始まりだと言う。

親に聞いても「あの駅で降りたらあかん」と言われるばかり。「あかん」と言われると余計気になる。親への反抗心と怖いもの見たさに近い感情で、川口さんはあいりん地区での炊き出しに参加した。そこで、大胆にもホームレス状態にある人に向かって直接「なんで、ホームレスになったんですか? がんばっていたら、こうはならなかったんじゃないですか?」と尋ねたそうだ。

その時まで「ホームレスになったのは自己責任だ」と思っていた、と川口さんは著書『14歳で“おっちゃん”と出会ってから、15年考えつづけてやっと見つけた「働く意味」』の中で述べている。でも違った。「自分のせい」という言葉で片付けられるほど、問題は単純ではなかった。

著書はダイヤモンド社から2020年刊行。

そもそもホームレスになった経緯は人によって違う。生まれ育った家庭環境が大変だった場合もあれば、失業が発端になる場合もある。なんらかの障がいを抱えている人も多い。
「義務教育の世の中、ちゃんとがんばったら、なんとかなったでしょう」という声が聞こえてきそうだが、そもそも勉強できる環境も、そんな選択肢すらなかった人もいる。問題の根っこには社会問題が潜んでいることだってある。
ただ、ひとつ共通して言えることは、一度路上生活を始めてしまうと「脱出したい」と思っても、それがとても難しい状態にあるということだ。


「HUBchari」の見事な仕組み。
利用者がそれを知らなくたっていい

「Homedoor」を設立する少し前、大学2年生だった川口さんは仲間と一緒にホームレスの人たちのニーズを拾い上げるべく、あいりん地区でモーニング喫茶を開いた。たくさんのホームレスの人たちに話を聞く中で、川口さんはひとつの気づきを得る。ホームレス生活から脱出できない要因だ。

川口さんはこれを「負のトライアングル」と呼ぶが、路上脱出に必要な3つの要件、すなわち「仕事」「貯蓄」「住まい」が、それぞれ相関しているため、ひとりで脱出するのは不可能に近い。
つまり、仕事を見つけたくても、住まいがないと就職できない。住まいを見つけたくても、貯蓄がなくては無理。貯蓄をしたくても、そもそも仕事がない…。3つがいっぺんに見つかれば話は別だが、自力では土台無理な話なのである。

図はHomedoorサイトより引用。

そこで川口さんが始めたのが「HUBchari」だった(もちろん、一足飛びにこのアイデアにたどり着いたわけではない)。
川口さんは、ホームレスの人たちのことを親しみを込めて「おっちゃん」と呼ぶのだが、おっちゃんたちの多くが自転車修理を得意としていたこと、そして、大阪市が放置自転車の問題を抱えていたことに気づき、「このふたつを組み合わせれば、きっとうまくいく」と川口さんはひらめいた。

「最初のサイクルポート(専用駐輪場)の場所を確保するのはたいへんでした」。川口さんは当時を振り返ってこう話す。先の「負のトライアングル」と少し似ているのだが、「シェアサイクルのために軒先を貸してほしい」と企業に依頼しても、「実績がない」と断られる。つまり信用がない。信用は実績がないと得られないのだが、実績を作るにも信用がいる。
行き詰まった川口さんが取った行動が、なんとも軽快だった。「社会実験」にしたのである。

今でこそ、シェアサイクルはよく知られており、運営する企業も多い。しかし、当時は誰もやっていなかった。だからこそ、どの企業も受け付けなかったわけだが、「1週間だけ実験させてほしい」と言えば、少し風向きが変わった。300社を回ってダメだったものが、4社からOKがもらえたのである。

「その後は、わりとスムーズでした」と川口さん。実験結果は上々だったし、当時、シェアリングエコノミーが注目され始めていたこと、女子大生がホームレス問題に取り組んだことなどがマスコミに取り上げられたりして、ポートの数は伸びていった。

おっちゃんが廃材を組みあわせてつくってくれた自転車の模型。おっちゃんたちもいっしょにHUBchariを盛り上げてくれた。

今では多くの人に知られるところとなった「HUBchari」。「HUBchariを通して、ホームレス問題を多くの人に知ってほしいと思いますか?」と川口さんに尋ねると、意外にも「う~ん、それはそんなに思わないですね」との返事。
驚いて、もう一度尋ねると、「いいサービスだと思って使ってもらえれば、それがいちばんいい。ただ、始めた当初は競争相手がいなかったわけですが、今はそうでもないので、差別化の意味でホームページでちょっとだけ伝えてはいますけど」。淡々とした口調でこんな返事が返ってきた。

ホームレスの人がなんとか就職をしても最初の給料日まで暮らす貯蓄がない場合が多く、それが結局ホームレスを抜け出せないことにつながるわけだが、「HUBchari」では、その人の状態に合わせて給料が支給される。日給が手渡しされる人もあれば、月給制の人もある。基本的に「HUBchari」で働くのは半年が目安で、その間に次の仕事を見つけてもらう、という仕組みだ。今の日本では、前職との間隔が長いほど就職しにくい傾向があるが、「HUBchari」で働けば、直前まで就労していた実績も得られるというからいいこと尽くしだ。

いいことはまだある。ホームレスの人たちがみんな自転車を修理できるわけではないし、ポートの管理業務という対面での仕事が苦手な人だっている。「HUBchari」にはバッテリーの交換など裏方の仕事もあり、さまざまな仕事のニーズに応えやすかったと川口さんは話してくれた。そのうえ、放置自転車の問題にも貢献できたし、利用者は利便性を得られた。まさに「三方よし」である。

UR都市機構では大阪市内17団地にHUBchariのポートを設置。今後、関西圏100団地でのサイクルシェア導入を目指している。

仕事づくりの次は住まいづくりを実現

NPO法人としての「Homedoor」は、「HUBchari」をスタートさせて、実際におっちゃんを雇用する時に設立された。2011年、ちょうど10年前のことだ。その時、川口さんの中には「最初の5年を仕事づくり、あとの10年を住まいづくりに充てたい」という構想があった。

5年間で「HUBchari」は十分軌道に乗り、今では法人の大きな収入源となっている(収益はすべてホームレスの人たちの支援に充てられている)。こうして仕事づくりは形になった。
次に着手したのが「住まい」の提供だ。ここで1枚の絵を見てほしい。高校3年生の時に川口さんが描いた間取り図。「とりあえず、あそこに行けばなんとかなる」と思える場所を思い描いて描いたものだ。

2018年、この構想がいよいよ実現する。大阪の地下鉄「天神橋筋六丁目」駅から徒歩約5分の場所に、生活応援施設「アンドセンター」をオープンさせたのだ。
設備はほぼ、先の間取り図のとおり。開所時間内であれば、いつでも出入り自由。食べ物は用意されており、シャワーも浴びられる。洗濯もできるし、インターネットにも自由にアクセスできる。もちろん全て無料だ。

アンドセンターの団らんスペースにある張り紙。漢字が苦手だったり、日本語の不自由なひともいるため、文字にはすべてフリガナが。

さらに、センター内には緊急的に寝泊まりしたい場合のための無料シェルターと、一時的な住まいとして借りられる個室がある。家賃はその人の収入によって設定される。まずは安心して眠れる場所と温かい食事を用意し、それぞれの事情と希望に合わせて相談に乗り、再出発までをサポートするのだ。

川口さんは、ホームレス問題に取り組むことで、「失敗しても安心して立ち直れる社会をつくりたい」と著書で述べている。失敗は誰にだってある。長引くコロナ禍によって生活がうまくいかなくなっている人も多いだろう。そうした失敗を恐れる必要がなくなったとしたら? そんなことを考えていると「Homedoor」がぐっと近くなった。

「アンドセンター」1階が事務所と団らんスペース、2階以上がシェルターに。

「コンスタントに、暮らすようにやる」
その言葉に宿る本気

川口さんが14歳でホームレス問題に出会ってから15年が経過した。その間、「やめよう」と思った時期はないと言う。なぜ、続けられたのかが知りたかった。けれど、答えはこうだった。「原動力は何かという質問はよく受けるんですが…、正直なところないんですよね」「原動力に頼っているとそれがなくなったら止まってしまうと思うんです。コンスタントに、暮らすようにやる、という感じですね」。 飄々とそう答える彼女には自信がみなぎっていて、とてもかっこよかった。

今後の「Homedoor」はどうありたいかという問いへの答えはこうだ。「私たちのスキームを広く展開するというよりは、常に考え続ける団体でありたい。私がこの活動を始めた時に比べて、今はホームレス問題がとても多様化している。困っている人に私たちを知ってもらうにはどうしたらいいか、その人の望む再出発をサポートするには何が必要かを、頭が動く限りは考え続けたい」。

「ホームレス」とは路上等で生活をしている人を指すが、最近ではインターネットカフェを寝床にしている人も多く、実態がとても見えにくくなっている。「若い人や女性も増えてきています」と川口さん。できるだけたくさんの人に「Homedoor」の存在を知ってもらおうと、川口さんたちは夜回りはもちろん、ネット広告も精力的に掲出している。

「アンドセンター」の隣には、今年6月に「おかえりキッチン」というカフェができた。困っている人もそうでない人も、誰でも利用できる。近くに行くことがあったら、ぜひ一度訪れてみてほしい。できれば、手土産を持って。きっと誰かの役に立てるし、それは自分の暮らすまち、社会を少し変えることができる手土産になると思う。

「おかえりキッチン」店内。営業時間は10:00~18:00、日曜休。

川口加奈
NPO法人Homedoor理事長。社会活動家として「Googleインパクトチャレンジ」でグランプリ、「人間力大賞」グランプリ、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」を受賞。1991年大阪生まれ。


Homedoor
おかえりキッチン
アンドセンター
住所/大阪市北区本庄東1丁目9-14
https://www.homedoor.org

HUBchari
http://hubchari.com

取材・文/清塚あきこ 撮影/佐伯慎亮 編集/竹内厚
※撮影のために一部マスクをはずしています

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