団地のひとインタビュー 033
[浜甲子園~武庫川シリーズ]
新しいまちで、新しいコミュニティ形成の試み
まちのね浜甲子園のチャレンジに迫る
2022.2.5
かつて150棟もの住棟が建ち並んでいた浜甲子園団地ですが、順次建て替えが進んで新しいまちへと生まれ変わりつつあります。
そんな浜甲子園団地に拠点を構えて、自治会活動に代わる地域コミュニティを独自の方法で運営している「一般社団法人まちのね浜甲子園」。エリアマネジメント組織としてのその仕組みや、持続的なコミュニティ運営のあり方について、事務局長の奥河洋介さんにお話を伺いました。
地域住民をサポートする専門家として。
浜甲子園団地といえば、甲子園球場の南の湾岸地帯に150棟の古い団地がずらりと連なる風景を思い浮かべる人が多いだろう。西宮で育った奥河洋介さんも、この街に関わるまでそんなイメージを持っていた。
「団地は高齢化が進んで子どももあまりいないし、住んでいる人だけが立ち寄る場所。西宮市民にとってここは入りづらいというイメージだったんですよね。建て替え後に訪れる人はみんな、こんなに変わったのかとびっくりします」。


浜甲子園団地を訪れると、モダンなUR賃貸住宅や分譲マンションへと建て替えが進んで、景観は大きく様変わりしている。
なかでも画期的な試みをしているのが、建て替え事業の一環で民間の開発事業者8社に分譲された「新街区」だ。2016年の街の誕生と共に開発事業者が一体となって、エリアマネジメント組織「一般社団法人まちのね浜甲子園」を立ち上げた。その事務局の運営を任されているのが、ご近所コーディネーターとして活動する奥河さんだ。

「団地を取り壊して建て替えが始まるときは、新街区にはまだ誰も人が住んでいない状態で。そこから分譲マンションが3棟建って、戸建てが広がって、550世帯ほどが住み始めました。ご近所同士のつながりは大事だけれど、ひと昔前のように自治会や子供会にボランティアで積極的に関わろうとする人がそんなに多い時代ではないですよね。そこで、近隣のもともとの団地住民と新住民が一体となった街をこれからつくっていく最初の段階で、我々のような専門家がしっかりサポートすることで、地域の人が活動しやすい環境をつくっていこうと、試行錯誤しながら活動が始まりました」。
エリア開発に携わった事業者は正会員として一定期間、組織運営に携わり、会費や各種事業収入を運営資金として持続的な取り組みを行っている。その中で、奥河さんも着任と同時に、まちじゅう歩きまわってあらゆる人たちに声掛けすることや、近隣施設や団地自治会の事務所に頻繁に顔出しをしておしゃべりするようなことを日々繰り返して、関係性を築いていった。今では、子どもから高齢者まで住民たちに「おっくん」とあだ名で呼んでもらえる間柄に。住民だけでなく開発事業者との仲介も奥河さんの役割だ。

まちのね浜甲子園は、開発事業者の8社が正会員。長谷工コーポレーション、京阪電鉄不動産、アートプランニング、フジ住宅、積水ハウス、阪急阪神不動産、総合地所、近鉄不動産に加えて、UR都市機構は監事を務める。2023年度以降は、近隣の活動者が中心となった組織運営に移行を予定しているという。
一人ひとりの困りごとをベースに。
新街区のなかのマンション1階のガラス張りのスペースに、まちのね浜甲子園の事務局はある。ここをコミュニティスペース「HAMACO:LIVING(浜甲リビング)」としてスタッフが常駐。イベント開催や情報発信、誰もが自由に活用できる場所として無料開放されている。
「それこそ利用の目的はさまざまで。小学生が放課後に遊び場として使うとか、未就学児のお母さんが子どもを遊ばせながらスタッフとゆっくり話をするとか。高齢の方だと、ここは西宮市のヘルスケアステーションになっていて、周囲のみなさんがその計測に来ます。住民でなくても外から来られる方もいますし、利用者を住んでるエリアで区切ることはありません」。

ここに来るとネット検索では得られない口コミベースの情報が集まっていて、ご近所さんともゆるやかに繋がることができる。地域の人のためのイベントも毎週のように開催してきた。たとえば、直近で開催されたのは「産前・産後すぐの方のおしゃべり会」や「ご長寿お茶会」だ。
「『産前・産後すぐの方のおしゃべり会』は、半年ぐらいかけて丁寧に準備をしてきたイベントです。子育て層がだいぶ集まるようになってきたので細かく話を聞けば、引っ越してきた場所での産前産後の孤独とか、精神的なしんどさとか、どこを頼ればよいか分からなくて不安になるといった声がすごくあって。そういう人たちに何とかアプローチできないかと声掛けを丁寧にやっていきました。声をかけるにしても、どこの誰が今、妊娠中なのか分からないし、生む3~4ヵ月前の人に対象が限定されるので母数がとても少ないですから。結果的に5世帯が集まったのですが、その人たちの満足度がすごく高くて、その後もその人達同士で一緒にお散歩したりランチしに行ったりの関係が続いているそうです」。
こうして生まれた妊婦さんのおしゃべり会は、やがて、子育ておしゃべり会になり、幼稚園・保育所の情報交換会になり、と子どもの成長と共に発展していく。イベントで助けられた参加者が今度は情報を提供する側にまわったり、コミュニティを運営する側にまわったりすることもある。そういったコミュニティがあると聞いて引っ越して来ましたという声も聞くようになった。

「地域の課題というと、高齢化や担い手不足が言われがちですけど、誰が何に困っているのかを突き詰めていくと、地域全体というよりは一人ひとりの抱える困りごとなんですよね。イベントで大勢の人を集めるよりも、本当に困っている人にピンポイントに届けるとか、『ちょっと助けて』の声に地域の皆でどれだけ答えていけるか。そういう場をちょっとずつ作って、一人ひとりの困りごとをみんなで助け合って解決につなげていけるような活動を大事にしたいと思っています」。


出会う人、機会をどれだけ増やせるか。
2018年には団地内のショッピングモールの一画に、2つ目の拠点となるカフェ「OSAMPO BASE(オサンポベース)」を開業した。営利事業として地元のスタッフを雇用しつつ、コミュニティスペースとの棲み分けを意識して、一人でも心地よく過ごせるような店づくりをしている。誰でもここに来ればスタッフと気軽におしゃべりすることもできる場だ。

といっても単なる地域密着型のカフェではなく、ヴィ―ガンカフェとして地域だけに閉じない、新たなファンを獲得している。手作りのパンに新鮮で具だくさんなサラダ、それにインスタ映えするお洒落な盛り付けで、遠方からの客も多い。
カフェに隣接する広場で開催するようになった「まちのねピクニック」は、千人ほどが訪れるイベントに成長した。こうして外から人が訪れることで、浜甲子園団地のイメージも少しずつ変化していった。

「浜甲子園団地は海岸に続く散歩コースにもなっていて、公園も多いし、大規模モールのららぽーと甲子園にもほど近い。ファミリー世帯にも住みやすい場所ですし、もとの団地から50年以上住み続けている人も多くて、長く住んでいる人の満足度はすごく高いんです。そこで、新街区のパパたちと団地の歴史あるお祭りの手伝いに行ったりして、新旧の住民で一緒に盛り上げながら信用を高めるようなこともしています。そういう体験や活動の選択肢をいくつも作って、この街で出会える人の母数が増えていけばいいかなって。まちのね浜甲子園としてひとつのことをやるというよりは、小さなグループがたくさんある状態をコーディネートしている感じですね」。


強制的に人を動員するのではなく、それぞれの選択によって、世代を超えて近所での繋がりを増やしていく。コロナ禍では活動に困難も伴ったが、逆に近所で過ごす人が増えて、近所づきあいの価値を再認識することにもなった。
「活動は日々想定外の状況をみんなで話し合いながらなんとか乗り越えていくことの繰り返しなんです。それでも住んでよかったなと結果的に思われて、街が良くなっていることが口コミで広がっていけばいい。その想いでやってきて、これからもそうやってみんなで乗り越えていくのだろうなと思います」。
2022年は浜甲子園団地の誕生から60年。
設立7年目のまちのね浜甲子園は、スタッフに住民を少しずつ雇用していくことで、奥河さん中心の運営から活動者中心の運営へと移行しつつある。1年後には奥河さんも任期を終え、活動者や住民スタッフが中心となる新体制で、これからもエリアマネジメントの地道な挑戦は続けられていく。



取材・文/鈴木遥 撮影/岡本佳樹 編集/竹内厚