梅田でのホップ栽培からブルワリー設立へ
クラフトビールから見た中津の未来
中津ブルワリー

[梅田シリーズ]

梅田でのホップ栽培からブルワリー設立へ
クラフトビールから見た中津の未来
中津ブルワリー

地域でホップを苗から育て、収穫したそのフレッシュホップを使ってビールをつくる。それも広大な田んぼがある郊外ではなく、大阪のセントラル“うめきた”のすぐそばにある下町、中津で。
2020年10月、中津で55年の歴史を持つ西田ビルの地下駐車場をリノベートして生まれた「中津ブルワリー」は、そんな地域密着の都市型ブルワリー。

その運営を担うのは、まちづくりのコンサルティング事業を手掛けるNI-WA。大阪でいえば、あべのハルカスの屋上菜園などを運営する東邦レオ株式会社のグループ企業だ。そう聞くと、さぞやビジネスコンシャスな…と想像してしまうけれど、「中津ブルワリー」は拍子抜けするほどのびやかで、地域と伴走するマイクロブルワリーのようで。

中津の地域福祉コーディネーターとして活動しながら、地域に点在するコミュニティのつなぎ役でもある山田摩利子さん(右)と、「中津ブルワリー」醸造責任者の鈴木悟さん(左)。中津をより良くしたいと考える同志であり、共に大のビール好きの盟友。

「地域の会長さんもめちゃめちゃ喜んでおられます」。そう話すのは、「中津ブルワリー」誕生のきっかけをつくった山田摩利子さん。中津に暮らして20年。愛着ある町を拠点に地域福祉コーディネーターとして活動しながら、町に点在するコミュニティをゆるやかにつなぎ、また新たなコミュニティを育てることで、古くからの住民とあたらしい住民が交わるきっかけづくりも行なっている。

「いくら企業が地域連携のつもりでも、住民が望むようなつながりをつくるのはなかなか難しいんですよね。それは私自身、地域側から見ていてもすごく感じます。立ち上げだけ華やかで数年後には出ていって、人と人の付き合いもなくなる…っていうことを地域側は嫌がる。だから、最初から協力しようとしないことが多い。でも鈴木さんは、もう町内会の会長と盃を交わし、会長が持って来た日本酒をきっちり飲みほしては喜ばれ(笑)。そういう、おもしろい信頼関係ができているんですよね」と山田さん。

「以前は作業服を着て、工事現場でバリバリ働いていた」と笑うNI-WAの鈴木悟さんは、会社の新事業となるブルワリー設立にあたり、ビールづくりをゼロから習得。現在は中津ブルワリーの醸造責任者として、レシピ作りから製造までを一手に担っている。


うめきたでホップ栽培、からの…

まちづくりのコンサルティングを手掛けるNI-WAが、「中津ブルワリー」をつくるきっかけになったのは、中津に根を張る人々との“ふたつの出会い”。それも運命と呼びたいくらい同時期に。

ひとつ目の出会いは、梅田でホップ栽培を始めた山田さん。
大規模開発が進む「うめきた2期地区」は、グランフロントの西側にあるエリアで、中津とは目と鼻の先。そこで開発前の暫定利用ができると知り、山田さんは2016年から「ウメキタホッププロジェクト」なる市民活動を開始。梅田のど真ん中で、ビールの原料であるホップの栽培を始めた。

「うめきた2期地区は「みどりとイノベーションの融合拠点」がテーマだと聞いて、みんなで緑を育てながら楽しめるコミュニティが生まれたらいいなって。せっかくならおもしろいものを育てたいと思って、自分自身がビール好きなので(笑)、ホップに決めました。うまく育つかどうかはわからず始めたんですけど、思っていた以上に花が咲いて。1年目は25株、2年目は75株、3年目には150株と栽培量が年々増えて、参加する人たちもどんどんハマっていって」。

山田さんが一連の活動をSNSにアップしていると、ある日、1通のビデオレターが届いた。差出人は、大阪でクラフトビールづくりと2軒のブルワリーを運営する、ブリューパブスタンダード株式会社の松尾弘寿さん。現在では「中津ブルワリー」の監修を担う、鈴木さんの師匠でもある。

「フレッシュなホップはとても珍しいから、うめきたで本当にホップができたら、ぜひうちでビールを作らせてください、って。で、ほんまにできたから持って行った(笑)」と山田さん。いわく、「ウメキタホッププロジェクトは、できたビールで乾杯するパーティーまでがひとつのイベント」。

ホップの栽培は収穫まで約半年。夏に収穫し、ビールが完成するのは秋頃。参加者揃っての乾杯は、「めちゃくちゃおいしい!」。ビールをアテに、自然と苦労話にも花が咲く。
「なんでか知らんけど、乾杯するとみんなが仲良くなれるというか。男女も年齢も関係なく、垣根を越えて。ビールを飲めない子どもたちもホップを楽しそうに触ったりして、それがすごくいい光景なんですよ」。

ホップがうまく育ち、念願のビールもできるようになり、かけがえのないコミュニティも生まれ始めていたが、うめきたの暫定利用はあくまで期間限定。そこでプロジェクトを終えるのはあまりに惜しい…と、山田さんが相談を持ちかけたのがNI-WAだった。


中津の西田ビルが次のステージに

時を同じくして、NI-WAに助け舟を求めたのが…。ふたつ目の出会いとなる、西田工業。現在、「中津ブルワリー」が入居する西田ビルに大阪本社を構える、創業1909年の総合建設業社だ。中津に拠点を構えて約70年。うめきたの開発が進み、中津を取り巻く環境も変化するなかで、西田工業が願ったのは、より良いまちのあり方を地域と一緒に考える企業であること。

中津の名店「think食堂」も入居する西田ビル。「中津ブルワリー」は、この地下駐車場にできたパーキングブルワリー。

「このビルを通じて地域に開かれたおもしろい取り組みを発信できたら、ということでうちの会社と意気投合しまして」。そう話すのはNI-WAの鈴木さん。
「境界が曖昧な空間、誰もが自由に入れる場所をつくりたいということで、最初に縁側のベンチをつくって。物販などもできるようになったらいいよね、というお話から、山田さんのホッププロジェクトの延長として、中津でビールづくりができたらおもしろいだろうと、このブルワリー計画がスタートしました」。

一方、山田さんはうめきたの暫定利用が終わった後も、拠点を中津へ移し、ホップ栽培から乾杯までの活動を続けた。「中津には栽培に使えるような広い土地がないので、参加してくださる方に大きなプランターを託して、お庭やベランダで育ててください、と。そして、ホップができたら持ってきてもらって、みんなでまた乾杯しましょうというやり方をとりました。うめきたで栽培を始めた頃から、ゆくゆくは中津でホップを育てて、緑を楽しみながら交流できる輪ができたらいいなっていうのを夢見ていましたから」。

西田ビル前の縁側ベンチでふたりの話を聞いた。

全国から委託が集まる、クラフトビールのラボへ

こうしてまちと企業がタッグを組み、「中津ブルワリー」が完成。敷地面積は地下駐車場の車2台分。200Lタンクが2本入れば目一杯という、まさにマイクロブルワリー。

中津産ホップでビールをつくるのはもちろんだが、ユニークなのは、中津のようにホップを栽培するコミュニティが今や全国に広がり、その各コミュニティから委託を受けてのビール醸造もおこなっている。
たとえば、東京・虎ノ門のオフィスビルで育てられたホップを使用したゴールデンエール、大阪・城東区のマンションで栽培されたホップでつくるセゾンなど、レシピも仕上げも依頼者によって千変万化する。

オープニングイベントには地元のご長老から、ホップ栽培に参加したご家族、さらにクラフトビール好きも駆けつけ、1日でタンク1本分、約200ℓが空っぽに、と地域からも熱い歓迎を受けた。

「中津で実現した取り組みを、今はいろんなところに展開していて。関西と首都圏を中心に、ホップ栽培をおこなう場所が30拠点くらいあります。畑植えで高品質なものを作ろうとしているところもあれば、プランターでみんなで成長を楽しもうというところもあって」と鈴木さん。
聞けば、醸造の9割は委託。なかにはホップ栽培こそ手がけていないが、地域や企業の活動を伝える一環として、オリジナルビールの製造を依頼されることもあるという。それもお客さんは依頼して完成を待つのではなく、鈴木さんと一緒にビールづくりまでできる!

「ここのおもしろいところは、自分たちの手で製品をつくってみたい! という、強い思いを持ったクライアントさんが多いこと。すべてお任せします、という依頼は少ないですね。ビールの仕込みは最初から最後まで希望があれば全部体験してもらえるようにしていて、瓶詰めやラベルづくりも自分でできる。ラボみたいな使い方をしてもらえるのが強みで、楽しんでもらえているところかなと思います。

だから、商品ができるストーリーの部分もみなさんに関わってもらいながら、その人たちが商品のファンになって自分で伝えて売ることになる。味や品質だけを追求すると、正直、長年続けられているビールメーカーさんのノウハウにはかなわないかもしれないけど、ここは開かれたコミュニティとしてのブルワリーでありたい」と鈴木さん。

駐車場側から醸造所を眺めると、駐車場わずか2台分ということがよくわかる。小さな小さなブルワリー。

ブルワリーから福祉の可能性にも広がって

ビールの仕込みがある毎週土曜日は、量り売り&販売の日で、ご近所さんがグラウラー持参で訪れることもあれば、中津へ遊びにきた若者が縁側でグラスを傾けおしゃべりしていることもある。
一角にはマルシェも軒を連ね、とりわけにぎやかになるのだが、このマルシェも「地域の声をひろえる場所を」と願って開かれたもの。

「コロナ禍で地域側のイベントができなくなると、認知症の高齢者が増えてきて。外出を控えるから歩かないし、人としゃべらないから。地域職員の福祉コーディネーターの一員として、どうしたらいいだろうと考えたときに、ここでマルシェをすればいいんじゃないかって」と、地域の良きつなぎ役でもある山田さん。
「お買い物をしてもらいながら、最近どう? っていう話ができるし、そうすればゆるやかな見守り活動になる。私は福祉の立場でマルシェに参加して、ここで地域のニーズを聞かせていただいて。最近は福祉に関わらず、いろんなお店が参加してくれるようになりました」。

「それも、オーナーの西田工業さんが寛容にこの場所を使っていいよと言ってくださるからできることで」と言うのは鈴木さん。
「普通なら、なかなかできないことだと思います。敷地内にこんな段々のボックスをつくって、万が一、子どもが落ちて怪我をすればいろんな責任が発生する。それも見越した上で、それよりも大事なことがあると。その考え方が素晴らしくて。
僕はもはやこのブルワリーを仕事として捉えていないんです。そうじゃないと地域の人と関われない。僕は大正区在住で、いわばよそ者ですけど、山田さんや西田工業さんと根っこは同じ。町をよくしたいっていう考えは一緒で、受け入れてもらえたことがありがたい」。

中津をより良い町にしたいと考える人々が集まって、生まれた「中津ブルワリー」。その存在ひとつでも大きなプロジェクトだけれど、ここは新たなまちづくりの発端にすぎないのかもしれない。

「うめきた2区が完成したら、中津にもっといろんな人たちが入ってくる。そのこと自体は問題ないけれど、地域側が困るのはカオスすぎる状態になってしまうこと」。そう懸念する山田さんは、町の未来をまっすぐに見据えて話す。

「みんなが好き勝手にならないためには、ある程度の秩序が必要だと思う。だから、誰かが光を灯してくれていて、そこへみんながふわっと集まる。そんな場所があればいいなって。中津ブルワリーはそのひとつで、次のひとつは公園かもしれないし、別の場所かもしれない。そんな光になる点をいっぱい作って、やがて線にして、面にして…。これからもそういう活動を続けたいと思っています」。

中津ブルワリー
住所/大阪市北区中津3-10-4
※販売は基本的に毎週土曜日のみ。webやInstagramを要確認
https://nakatsu-brewery.com/
Instagram:@nakatsubrewery

※ウメキタホッププロジェクトは、現在は「THANKS HOP」と改名して継続中
https://www.thanks-hop.com/
※西田ビル
https://nishidabld.com/

取材・文/村田恵里佳 撮影/岡本佳樹 編集/竹内厚

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