[OURS.アーカイブから]

お勝手調査|服部滋樹さん・知香さん夫妻のキッチン
大阪のドムス香里

2018.05.14 掲載

1.服部滋樹さん・知香さん夫妻のお勝手調査
2.朝ごはんが夫婦の時間
3.幼稚園のころ手渡されたエッグベーカー
4.午前5時の食器棚作り
5.今回のおもたせは「ルヴァン」
6.服部家のモーニング
7.ボーイスカウトと料理
8.顔の見える器
9.ドムス香里に住む理由


1.服部滋樹さん・知香さん夫妻のお勝手調査

クリエイティブユニット・grafの代表であり、地域や企業のブランディングやプロダクトの企画、制作など多岐にわたる活動をする一方、大阪の兄貴的存在として知られさまざまなメディアにも登場する服部滋樹さん。

そんな服部さんとはじめて出会ったのは、ちょうど10年前のことだ。
その出会いは私にとって、私が編集長を務める雑誌「IN/SECTS」の編集部にとっても非常に印象深い出来事だった。

雑誌を創刊してすぐの頃、ひょんなことからYMOの写真展の運営を行うことになり、当時まだ正式オープン前だった中之島BANKSを借りることになった。
打ちっぱなしの空間で、空調もなにもまだ整っていない状態だった。
会期が始まり、冬の寒い1日。
写真展に「教授」こと坂本龍一さんが、コンサートの合間を縫って来場された。
そこに、服部滋樹さんも駆けつけたのだ。

後で知ったことだけれど、服部さんが代表を務めるgrafの家具や照明を坂本龍一さんの事務所で使うことになり、それ以来のお付き合いだったそうだ。
そんな場面に遭遇した私と「IN/SECTS」のメンバーは、もちろん、存在を知られているはずはないと思っていたけれど、服部さんはどこで手にしたのか雑誌「IN/SECTS」を見てくれていた。
そして、「会いたかった」とも。
そのことは、夢見心地というと大げさに聞こえるかもしれないが、とても光栄で、その日のことは坂本龍一さんの来場とも相まって今でも編集部で話したりするくらい、当時を知るメンバーにとって心に残っている。

それから、服部さんとの付き合いがはじまるのだけれど、仕事で一緒になったという記憶は、あまりない。
今回のように取材をお願いしたりすることはあっても、ほとんどの場合、プライベートで話を聞いたりするばかりだ。
それでも、普段の話のなかで、時おり“服部哲学”を感じる瞬間がある。
それが垣間見えたとき、服部さんの生活について、もっと言えば、何を食べて、どんな家庭だったのか、そんなことを知りたいなといつも思っていた。

服部滋樹さんは2016年11月に知香さんと結婚。
それから引っ越したばかりの新居へ今回、訪問することになった。
服部さんの台所を拝見することで、私の疑問が少し晴れるのではないか。
そんな期待を込めて、お勝手調査におもむいた。


2.朝ごはんが夫婦の時間

新婚のふたりだけれど、一緒にごはんを食べられるのは、ほとんど朝だけだという。
だから、朝は大事な夫婦の時間。

滋樹ふたりで会えるのは朝しかなくて。晩ごはんを一緒に食べる時間がなかったりするから、とりあえず朝、ちゃんと食べようと。

一緒に暮らしはじめて約5年。ふたりは毎朝、30分かけてキッチンでごはんを作り、30分かけてごはんを食べる。
どちらかが作って、それをどちらかが手伝う。
何となくのルールがそこに存在するだけ。

ふたりのやり取りを聞いていると、作るのは服部さんの方がやや多いようだ。

滋樹夜に仕込んでおいて、朝から豚まんを作ったり、中華粥を食べることもあれば、ホットサンドを食べることもあるかな。

知香さんが作ったものを聞いてみると、

知香ナポリタン、かな。

と言った瞬間、間髪を入れず「朝からナポリタン!」という激しいツッコミが旦那から飛んできた。


3.幼稚園のころに手渡されたエッグベーカー

服部滋樹さんの実家のキッチンには、『おそうざいふう外国料理』など花森安治の料理本が並び、家には『暮しの手帖』が、たくさんあったそうだ。
母方のおばあさんの家にも同じく『暮しの手帖』が並んでいたそう。
花森安治が作った『暮しの手帖』、その教えは祖母から娘、そして、孫にも影響を与えた。

滋樹食べるものについて、結構、小さいときから母親に言われてた。
祭りに行ってりんご飴とかおいしそうだし、食べたかってんけど、そういうものは食べさせてもらえなかった。

それでも、やはり小学生の頃は友達とこっそり教えを破ったことも。

滋樹家では食べられないから、小学校の頃、駄菓子屋で10円とかで売ってるラーメンみたいな駄菓子を食べたり、すごい色のお菓子を「うめーっ」て言って食べてた(笑)。

そんな服部さんの台所&朝食に、花森イズムを感じるものがあった。
エッグベーカーだ。

愛用しているのは出雲の出西窯のもの。

滋樹エッグベーカーは、僕が幼稚園のときに母親が手渡してくれたもの。
中にバターを塗り込んで、火にかけて生たまごを入れて、5分くらいで出来上がり。
目玉焼きというか半なまくらい。今でも週2、3回は食べている。

エッグベーカーという道具も食べ物もこの日初めて見たけれど、確かに、これなら幼稚園児でもチャレンジさせられそう。
普通は大人のお手伝いで終わる料理が、ひとりで最初から最後までできるのは、子ども心にうれしくなるように思う。

滋樹もらってからはとにかく自分で朝、これを作るのが、日課になった。
小学校くらいになるとこだわりが出てきて、バターをサラダ油に変えてみたり、バターを先に焦がして、そこにたまごをいれるとか、ひとつの道具でいろんな方法を使って、自分好みのアレンジをしながら自分が食べる物を作るというのがいいなって。

毎日作るから、おいしくない日もあったそうだ。
その理由はなにかを子どもながらに考えて、また工夫を凝らしてみる。そうして、また新しい発見をする。
目玉焼きの焼き加減や、塩加減、醤油派、ソース派と人それぞれこだわりがあるように、シンプルな道具だからこその発見、こだわりがある。
なんのルールもなく自由に発想できるから、よけいに奥が深い。


4.午前5時の食器棚作り

服部さんが新居として選んだドムス香里は、建築家・石井修が設計し、1981年に完成した集合住宅。
建築に興味がある人なら、その名前は聞いたことがあるかもしれない。
実際、見た目も中も間取りもすべて特徴的で、ありきたりなところはひとつもない。
ちなみに堺にある「天と地の家」という石井修設計の家が売りに出されていることをこの訪問で知り、調べてみたのだが屋上庭園、緑化というよりも地面と屋根が地続きのような、不思議な設計。

そして、服部家の台所も、庭に面し日当りもよく独立した部屋ながらオープンな印象。
また、レンガの壁が有機的で暖かい雰囲気を感じさせる。
なによりこの部屋で作るごはんは楽しそうだ。

そんな台所のなかに、さまざまな器が無造作に積み上がっている食器棚がある。
天板の上にも、その周りの床にも収まりきらない器がはみ出ている。

実は、取材当日の朝5時に起きて、服部さんが急いで作った棚。
それまでは、引っ越してきたときのままの段ボールの状態で、その中に器が入り、段ボールがいくつも積み上がっていたそうだ。
食器棚の材料は、あとは組み上げればいい状態で置きっぱなし。
それはそれで、服部さんの日常らしいとも思うけれど、取材という非日常の介入がこの食器棚の完成を急がせた。
汗だくになりながら、早朝から作ったはいいけれど、まだボンドが乾いておらず、持ち運ぼうとしたら一度、崩壊。
いよいよ完成して夫婦で持ち上げようとしたら、重すぎて、まったく持ち上がらなかったなんてことがこの日の朝から繰り広げられていたそうだ。

そんな苦労をみじんも感じさせず、私たちが到着した頃には食器棚がここにあった。
こうして愛すべき器たちの住処として、服部家に新しい食器棚が仲間入りした。


5.今回のおもたせは「ルヴァン」

服部さん宅の取材は午前中に行うことが決まったとき、勝手に日の光が差し込む、キッチンとリビングを想像した。
朝食はパンが多いと聞いて、真っ先に東京・富ヶ谷のルヴァンを思いついた。

私の知る限り、関西であそこまでの酸味を感じるパンを提供してくれるベーカリーはない。
薄く切って焼かずに食べても美味しい。
オリーブオイルと少しの岩塩、クミンを付けたりバリエーションをきかせて食べると、それだけで食事にもなる。
朝からそれを味わえるときっと幸せな気分になるはず。
という私の勝手な思いからルヴァンのお試しセットを取り寄せて、持って行くことにした。

滋樹ルヴァン! 東京にgrafがあったころ、代々木八幡にアパートを借りていたからよく行ったわ。

私のおかげでも何でもないのだけれど、とてもうれしかった。


6.服部家のモーニング

知香さんも好きと言うエッグベーカーをはじめ、ふたりで作る朝ごはん。ドレッシングも手作りで、シンプルだけれど贅沢な食事がいただけた。

○知香さんのにんじんスープ

1 にんじんを3本カットする

2 にんじんを湯がいて、火が通ったらブレンダーににんじんと牛乳を入れ混ぜる

3 もう一度火に掛け、塩こしょうで味を調えたらできあがり

○菜の花と水菜、中華風サラダ

1 菜の花を湯がく

2 水菜を切る

3 紹興酒、オリーブオイル、塩、こしょう、醤油、砂糖、ゆず胡椒を混ぜてドレッシングに。

4 ドレッシングとあえればできあがり

すべて食べ終わると、さっとオレンジを切ってくれた。

7.ボーイスカウトと料理

ビーバースカウトからシニアスカウトまで、服部さんのボーイスカウト歴は長く、幼稚園から大学まで参加していたそうだ。
服部さん曰く「父親に放り込まれた」ようだが、そこでの経験は、いまも大いに役立っている。

滋樹ビーバーやカブスカウトのときはないけど、ボーイスカウトになると、一人野営や夜間ハイクをする。
ひとりで重いテントとかを背負って、山に入って、山の上でテントを張って、一晩したらおりてくる。

そこではコンロもなければ、流しももちろんない。
薪をくべて飯ごうでお米を炊いたりするのが当たり前なのだそうだ。

滋樹ボーイスカウトには「野外炊事章」というのがあって、ニワトリを3泊4日のキャンプに連れて行って、世話をする。
そうすると3日目にはかわいい存在になってくるんだけれど、最終日にその首を落としてディナーとしていただく。
残酷なんやけど、ヨーロッパやアフリカだと、人と一緒に暮らしている動物との間に「いただきます」という付き合いがある。
そういうことを学ばせたかったのかな。

服部さんの中でこういった経験が、エッグベーカーの体験と共に躊躇なく台所に立って、料理をすることにつながっている。
そして、シンプルなもので料理をするということも、ここから学んだとも。

だから、服部さんの家にある調理器具はシンプル。
多機能なブレンダーもなければ、最新キッチングッズもない。
炊飯器もひとり暮らしのころにもらったものだけ。
コンロの足下に置かれた炊飯器は、必要のなさがにじみ出ていた。


8.顔の見える器

知香さん曰く「かわいそうなくらいある」という服部家の器。
それは、ふたりで使い切れないくらいの数の器があるということ。
だけれども、その数にはちゃんと理由がある。

滋樹人と出会った以上、作品を味わいたい。

クリエイティブユニット・grafの代表として、地域、企業のブランディングやさまざまな企画、プロダクトの制作を行う中で、日々、必然的に多くの作り手と出会う。
そんな毎日の積み重ねが、文字通りキッチンの棚に積まれている。

知香全然使っていないのを割ってしまったことがあって、それを黙っていたんです(笑)。
でもある日突然、「あの器どこいったん?」って。

数は多くて無造作な扱いに見えるけど、ちゃんと覚えている。
作り手と会い、コミュニケーションを取って購入した器の数々は、過ごした時間と共に記憶に定着する。
なくなると記憶の隙間のようなものを感じるのかもしれない。

そんな服部さんの数ある器の中からいくつかを紹介する。
圧倒的に手仕事を感じさせる器が目立つ。

上:岡山にあるカレー店「さんはうす」のカレー器。こちらも出西窯のもの。さんはうすのオーナーと知り合いになり、骨董などを交換する仲に。その交換品のひとつ。
左:兵庫・川西にある不定期営業の書店「コトバノイエ」。そのオーナー・加藤博久さんが誕生日プレゼントにと焼いてくれた器。
右:スリップウェアだけど薄さが特徴的。静岡の齊藤十郎さんの作品。
長崎県の綿施和子さんの器。箱のデザインも自分でやっているそうで、かわいらしい。
服部さん曰く「沖縄のヒーロー、土の神様」。沖縄・読谷の陶芸家、大嶺實清の作品。

9.ドムス香里に住む理由

器はたくさんあるものの、暮らしはとてもシンプル。
そんな服部さんのキッチンへのこだわりは3つ口コンロ。
けど、最近の消防法では、3つ口の据え置きコンロは禁止されているそう。

滋樹ビルトインにするとか、いろいろ交渉はしたんだけど、ダメで。
手を入れたかったキッチンは、石井修さんのまんま。

しかし、「そのまんま」というのが実は、石井修が設計したドムス香里に住むにあたっての大きなテーマでもあったそうだ。

滋樹ここに暮らす上で、元の設計に戻すということをやりたかった。
建物ができてからいろんな人が住んだおかげで、竣工時にはなかったものがいっぱいくっついてきた。
たとえば、クッションフロアやPタイルであったり、IKEAのキッチンが入ってたりして。
人の手によって変化して行くよさもあるけど、そうではなく、石井修さんの設計を味わいたいなって。

たまたま知り合った石井修さんの息子さんを通じて、ドムス香里の青焼き図面を手に入れることもできた。
あとは、住みながら、少しずつもとの設計に戻していく予定。

滋樹壁についているシーリングライトは、石井さんの元の設計のもの。
石井さんが室内の設計をすると、わりと暗いのが特徴なんだけど、ほんとにいいですよ。石井修さんはよく考えられているなと思う。
そうして石井修さんのすごさがわかった上で、もっとこう自分好みにできるんじゃないかという部分も見えてくる。
それも含めて、味わいたいなって。

暗いから明るく、不便だから便利とすぐに作り替えるのではなく
作り手の考えた空間をありのまま
そこにどんな意図や思想があったのかを生活を通じて感じてみたい、
というようなことと私は解釈した。
そこには、石井修さんへのリスペクトと同時に、モノ作りに対する服部さんの向き合い方が、垣間みられた。

文:松村貴樹 写真:香西ジュン 編集:竹内厚

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