昔ながらの商店街と建築事務所
そのちょっといい関係。
SPACESPACE探訪

[梅田シリーズ]

昔ながらの商店街と建築事務所
そのちょっといい関係。
SPACESPACE探訪

“うめきた” のちょっと北。梅田から徒歩圏内にあって、まったく違う様相の中津。昔ながらの木造の長屋も立ち並ぶ、その街の真ん中を突っ切っているのが中津商店街だ。
こだわりの個人店がぽつりぽつりとあるものの、全体としてはシャッターを閉めている店も少なくない。そんな中津商店街に今、新しい動きが生まれている。その発信源のひとつ、SPACESPACEの岸上さんと香川さんを訪ねた。


建築事務所が商店街を選んだ理由

阪急中津駅を降りて、公園を抜ければ、中津商店街のアーケードが見える。振り返れば、梅田のグランフロント大阪。「あっちとこっちでえらい違い…」とつぶやきながら商店街へ。アーケードは両端を残して、屋根を外してあるので、通りはとても明るい。

商店街だから店舗が並んでいるのだが、中には個人宅もある。営業している店舗はまばらで静かだ。商店街の真ん中あたりに、通りに面した一面がすべてガラス張りになっているスペースがある。建築家・香川貴範さんと岸上純子さん夫妻の自宅を兼ねた「SPACESPACE一級建築士事務所」だ。

二人は2015年にこの物件を購入した。築100年を越す四軒長屋の2軒分。ちょうど引っ越しを考えていたタイミングで、不動産サイトに上がってきたこの物件の概要欄に「商店会費」とあるのを見て岸上さんが「あの商店街だ!」とピンと来たのだと言う。

中津は岸上さんにとってなじみの場所だった。学生時代にはよく遊びに来ていたし、卒業後、専門学校の講師時代には頻繁に飲みにも訪れた。今から20年くらい前のその当時は阪急電車の高架下に個性的な店が集まっていて、商店街も今よりは賑わっていた。

馴染み深い中津商店街が寂れていっていることは知っていたという岸上さん。
「でも、ポテンシャルはあると感じていました。自分たちとしても、すでに出来上がっている場所でやるより、自分たちで作っていくほうが楽しいかな、とも思っていました」。
長屋の取得はトントン拍子に決まったが、いざ着工すると、柱の寸法はバラバラ、1階の天井は2階の床を支える構造体を見せる根太天井だが、根太の間隔もマチマチ。腐敗あり、小動物あり…。「今まででいちばんの難工事でした」と岸上さんが苦笑するリノベーションは2年半にも及んだ。

印象的な「点」をそっとおく

建築家というと、家を作るのが仕事。二人が「まち」に関わろうとするのはなぜなのか。そんな疑問を投げかけてみると、香川さんがこう答えてくれた。
「建築家は直接まちづくりをすることはないんですが、街を見ることは仕事の一部。我々だけでなく、建築家と呼ばれる人で、街を無視したオブジェを作る人はいないと思います。建てたものが街のなかでどう存在するのかを考えますし、多少なりともいい影響を及ぼすようにとは考えますよね」。

先に述べた通り、「SPACESPACE」は、通りに面した部分はすべてガラス張り。これは設計当初から決めていたアイデアだった。
「何をしているか外から見てわかるようにしたいと思ったし、シャッター街への私たちなりのアプローチでした」と岸上さん。「そもそもシャッターって防犯上有効かと言うとそうでもないしね」と香川さんも笑う。

「SPACESPACE」と通りを挟んだ向かい側は現在工事中。…と、その建物も通り側はガラス張りのようだ。ほかにも比較的新しくこの商店街にできた店舗の多くはシャッターをつけていないと言う。「絶対、影響を与えましたよね?」と尋ねると、「ですかね。だとすれば、すごくうれしいですよね」と岸上さん。
声高に何かを伝えるのではなく、水面に絵の具をポトンと落とすように、きっかけとなる「点」を置くことで小さな波が生まれ、周囲に思いが派生する。そんなふうにして、「まち」は自然にその街のカラーをまとうのかもしれない。

二人はほかにもいろいろな「点」を置いている。たとえば、毎月第2土曜の午後に開いている「ツキイチ屋台」(現在は感染症対策のため休止中)。
二人の作品である「ローリングタワー屋台」を使って、岸上さんがドリンクを提供する。「食べ物は商店街とその周辺のお店で買ってきてもらいます。続けて、このあたりで飲んで帰ってもらえるように屋台は夕方5時まで。中津に来るきっかけになればと思って始めました」。
このツキイチ屋台は、SNSなどで人が人を呼び、岸上さんが喋る暇もないくらいの大盛況。「中津、楽しい!」と何度も足を運ぶリピーターも多いのだとか。

事務所の前で出番を待つローリングタワー屋台。足が広がり、カウンターができ、上に伸び…と形を変える。

「うれしいのは、お客さん同士が勝手に仲良くなってくれること。コミュニケーション能力がめちゃめちゃ高いんですよ(笑)。中には、地元の人が通りがかりにのぞいてくれて、外の人と楽しくしゃべっていたりして、それもうれしいですよね」。 住む人にも、来る人も楽しいと感じられる街がいい、と岸上さんは話す。

「まち」は生きもの。住む人は変化とともにある

さて、斬新なデザインの事務所を構え、商店街に新しい色の「点」をポトン、ポトンと落としていく二人を、商店街の人々はどう受け止めたのだろうか。
「工事に2年以上もかかっていましたからね。工事中によく話しかけてもらったりしていたので、出来上がったころには、すっかり顔馴染みになっていました」。

岸上さんが講師を務める学校の授業で北区の人たちに協力を仰いだ経緯もあり、事務所の移転以外にも中津の人と触れ合う機会はそれなりにあったそうだ。
「そもそも商店街だけでなく、中津の街の人たちには、若い人たちがやろうとすることをスッと受け入れてくれる土壌がある気がする。やりたいんやったらどうぞという感じ。だから、とってもやりやすい」と岸上さんは言う。

岸上さんはこんな話もしてくれた。「過去に、大学生によるリノベーションプロジェクトを手伝ったことがあるんです。その建物ができたことで、周辺の町はとてもにぎわいました。ですが、キーマンとなる人たちが卒業していくと、やはり元に戻ってしまったんですよね。そう考えると、まちづくりは蓄積するものであり、持続するものでありたいと思う。ちゃんとそこに拠点を置いて街に関わることは大切だと思います」。

事務所の柱にさりげなく付けられた時計。外を通る人が中をのぞくための仕掛け。
左の白い壁はホワイトボード。その前の靴箱は腰掛けにもなる。機能と遊び心を備えたこれらを二人は「ガジェット」と呼ぶ。
事務所の床は「標本」。二人がこれまで手がけた建物の建材が使われている。施主にとっては見本、仕事の軌跡を追うアーカイブとしても。
壁にはつくり付けの書棚。建物の強度を上げることにも一役買っている。
屋根の上から降り注ぐ自然光を重ねて反射させながら、手もとを照らす天窓。というよりも、もはや照明。

これからの中津商店街について二人に尋ねた。
「梅田をはじめ、周辺が変わっていくことで、中津も変わっていくと思います。その変化に合わせて周囲とも足並みをそろえながら、ですかね」と岸上さんは言い、「あまりノスタルジーすぎないように、とは思うかな」と香川さんは言う。
そう話す二人による、次の新しい「点」も準備中。新しい色がにじむ波にも注目したい。

SPACESPACE一級建築士事務所
住所/大阪市北区中津3-16-5
http://www.spacspac.com/

取材・文/清塚あきこ 撮影/佐伯慎亮 編集/竹内厚
※撮影のために一部マスクをはずしています

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