散歩と観察|武田重昭
金剛団地

[OURS.アーカイブから]

with
武田重昭(緑地計画学)
around
金剛~富田林〈大阪・富田林〉

2016.02.20 掲載

南海電鉄金剛駅の駅前に降り立つと、いきなり目の前に広がる団地群。
そう、大阪の千里や香里と並ぶ大規模なニュータウン、金剛団地です。

町を歩きながらパブリックスペースについて、マジメに考えてみようという「散歩と観察」企画。
今回は、この巨大なニュータウンを武田重昭さんと歩きます。
武田さんは、大学院を修了後、UR都市機構の設計部造園課に勤められ、団地の屋外空間の計画、設計に携わっていましたが、現在は大学の研究職に戻られています。

富田林の町を歩くのはほぼ初めてという武田さん、そして、待ち合わせた日はこの冬一番という大寒波が到来。決して散歩日和とは言えませんが、2時間の制限時間の中、興味のおもむくままに富田林の町を歩きまわってきましたよ。
なお、UR都市機構の住宅経営部保全企画チームに所属する職員、三上拓さんも案内役として同行いただきました。

武田重昭
1975年生まれ。大阪府立大学大学院修了後、2001年よりUR都市機構にて屋外空間の計画、設計に携わる。その後、2009年より兵庫県立人と自然の博物館、2013年より大阪府立大学大学院 緑地計画学研究室助教。共編著書に『都市を変える水辺アクション:実践ガイド』(学芸出版社)。

#01
市境/団地あるある/屋外設計/人研ぎすべり台/遊具の安全距離

―駅前に広がる団地ビューがいきなりダイナミックですね。

武田そうなんですよ、これがクライマックスかもしれませんよ(笑)。だけど、金剛駅は富田林市じゃないんですね、駅前に狭山市の案内板が立ってます。

―駅前広場だけが狭山市で、その向こうはもう富田林市の標識が見えています。

武田市の境目ってやっぱり開発がしづらくて、わりと開発の余地がのこっているので、そこを公団(現UR)が買い取って大規模な団地にしたというパターンは少なくないですね。どちらの市からしても辺境の地になりますから。

―市境って、住んでるひとにはあまり関係ないことですけど、町のあり様には影響がありそうですね。

武田僕が東京のURで働いていたときには、3つの市をまたいだ団地の再生をしていたこともありました。

武田…駅前からまっすぐ目抜き通りが続いていて、これは気持ちのいい道ですね。

―左右に見えている団地が100番台、200番台の号棟ですけど、そんなにあるんですね。

三上金剛は、URの賃貸だけで180棟以上はあります。

武田僕、団地育ちなんですけど、子どもの頃、親が家の扉に猫のシールを貼ってくれてました。僕が間違って知らない家に入って、泣きながら帰ってきたことがあったらしくて。

―家を間違ってしまうのは”団地あるある”ですね。その対応策に猫のシールというのがお母さん、やさしい。…では、金剛団地の敷地内に入ってみましょうか。

武田駐車場がありますね。ここはフラットに全面的に駐車場にした方が効率がいいけど、車2台分を緑化スペースにしています。効率性よりも、景観や居住者の生活を考えての設計なんですね。

―なるほど、そういう意図のあるスペースなんですね。これまでも何気なく見過ごしてました。ちなみに、この緑化スペースにどうして松が植わってるんでしょう。

三上冬にすべて葉がなくなるとさびしいので、常緑樹を植えるということはありますね。

武田この松がそうではないと思いますけど、既存樹木といって、もともとそこにあった自然をいかに生かせるかというのも団地の屋外設計の大事な要素のひとつです。

―公園が出てきました。古い団地でよく見かける、遊び方の難しそうな公園です。

武田このすべり台は人研ぎ(じんとぎ)で、職人さんがこの場で仕上げてつくってるんです。最近は人研ぎのできる職人さんも減っているので、このすべり台は値打ちですよ。

*人研ぎ…人造大理石研ぎ出しのこと。この場合はコンクリートを研ぎ出している。

―昔ながらの公園ではまだよく見かけるタイプですけど、そうか、もう貴重な存在になってきているんですね。

武田さらに今は遊具の安全基準がめちゃ厳しくて、メーカー品じゃないと置けなかったり、遊具と遊具の安全距離も定められているので、ここにあるような複合遊具はもうとてもハードルが高くてできない。向こうに見える、鉄棒とベンチの位置関係も、今の基準でいえばきっとアウトですね。こっちのウサギは遊具じゃないと言い張れば大丈夫かもしれないけど。

―普通の距離感に見えますけどダメですか…。

三上今は、メーカーのカタログから選んで置いてるだけの公園が多いですね。オリジナルで遊具をつくると高いですし。やっていきたいことではあるんですけど。

武田とにかく、こういう昔からある公園は大事にメンテナンスして、使い続けてほしいですね。


もとの地形/トウネズミモチ/ピクニックの権利/ポイント住棟

―駅前のふれあい大通りがまっすぐ登ってきて、また今度は下りになってます。

武田もとの地形を頼りにして、団地も道路も設計されていますね。この大通りも駅前から登ってくる道は中央分離帯がありましたけど、下りになるとケヤキ並木がアーケード状になっている。その変わり目、結節点は何かというと、もとの地形なんです。

ーここがちょうど丘の上になってるということがわかりますね。おっ、街路樹に何か実がなってますけど、食べられますか。

三上OURS.の企画で、団地に植わってるヤマモモを食べようとしたことがあるんですけど…。

武田ヤマモモはまあ、食べられますよね。だけど、これはトウネズミモチなので食べないほうがいい。昔の団地にはかなり植わっていて、実をぷちゅっと飛ばしてよく遊んでました。だけど今は、侵略的外来種に指定されたので…。

―ということはもう植えられない。

武田ですね。ネズミモチって日本の在来種がありますけど、それより安かったので、トウネズミモチがたくさん植えられてきたんです。

―どっちへ進みましょうか。

武田では、金剛中央公園を抜けていきましょうか。また急な下り坂だ。大きなすり鉢型の公園になっています。

三上もとの地形が急な谷だったので、住まわしづらくて公園にしたのかと思います。

武田あそこにヤドリギがありますね。花壇に植わっているパンジーの密度もなかなかすごい。

―なかなか不思議な佇まいの公園…。武田さんは、兵庫県立人と自然の博物館でも働かれていたそうですね。あそこも公園と博物館がセットである感じで。

武田そうですね。人と自然の博物館にいらした中瀬(勲)先生が大学の研究室の先輩で、中瀬先生にお会いして僕自身、ランドスケープの分野に目覚めたという縁があって、博物館に入りました。博物館では生涯学習の講座として、緑のことを教えたりもしてましたよ。

―緑の講座って具体的にはどんなことなんでしょう。

武田いろいろやってましたけど、たとえば「ピクニック」の講座とか。博物館の前にある芝生広場でピクニックをやるだけの講座(笑)。

―ピクニックって教えられるものなんですか。

武田僕も参加していた「東京ピクニッククラブ」*という団体があって、彼らはピクニックの歴史を調べあげたり、いろんな活動をやってるんですよ。ピクニックって、公園の誕生とも近しいところがあって、王侯貴族に対して、市民が自由な活動の場を都市に設けるというのがピクニックのはじまりでもあるんです。だから、東京ピクニッククラブでは「ピクニックライト」、つまり、「ピクニック権」を主張していました。

*東京ピクニッククラブ
http://www.picnicclub.org/

―誰でもピクニックをやる権利はあるはずだと。

武田そう、そしてどんな場所ででも。だから、駅前の中央分離帯にラグを敷いてピクニックをしたりなんて活動もやってました。人と自然の博物館ではそこまで過激なことはやってませんけど。

―ピクニックのイメージが変わりました(笑)。…獣道を進んで金剛中央公園を抜けると、また団地が見えてきましたよ。

武田これまで見てきた団地と形が変わりましたね。「ポイント住棟」とか呼ばれますけど、三面開口なので室内がとても明るくて、僕も住んでたことがあります。このタイプが最も居住性能はいいんじゃないかと思いますけど、難点は壁がないこと。本棚とかも窓の前に置かざるをえない。

―団地に特徴的な形でしょうか。

武田そうですね。長い長方形型の建物にした方が効率がいいですから、なかなか建てられないですね。…さて、もうグーグルマップは見ないで歩きましょうか。散歩ですもんね。


#02

金剛駅前の団地群を抜けて、北の高台へ。すると再び団地に遭遇ー!

ブラジリア/NSペア/コミュニティスペース/ビワの苗木

―富田林の町がこんなに起伏があるとは思ってませんでした。

武田そうですね。だけど、こういった地形があるってすばらしいなと思います。設計する側も地形という拠りどころがあったほうがつくりやすい。ブラジリアなんてほんとにつまらなくて。上から見たり建築群を眺める分にはすばらしい、世界遺産なんですけど。

*ブラジリア…1960年、何もなかった荒れ地に作られた、ブラジルの首都。 

―20世紀の計画都市がもう世界遺産なんですね。

武田そう。だけど、生活者としては最悪ですよ。車での移動は機能的に考えられてるけど、歩行者の動線は配慮されてないので、みんな獣道みたいなところを歩いてたり、超高層の足下にある芝生広場にテントを建てて物を売ったりとか。まあ、近代的なのか何なのかよくわからない暮らしが生まれてるという点ではおもしろかったですけど。

―…とまた団地が見えてきましたよ。団地群を抜けたと思ってましたけど、まだニュータウン内でしたね。

武田おっ、この団地は「NSペア」かもしれない。見ていきましょう。

―NSペアとは、北(North)と南(South)がセットになっている団地、つまり…

武田普通は団地の北側に入口と階段室を設けて、南側はバルコニーにしますけど、NSペアは北入りの団地と南入りの団地を平行に配置して、その間がコミュニティスペースになってるんですね。

―団地の出入口が向かい合わせになってるから、その間で住民同士が顔を合わせることになると。

武田NSペアって、僕はすごく挑戦的だったと思います。建築設計と屋外設計をいっしょにして、トータルで住まいの環境を考えようとしていますから。

―住まれてる方ってこの空間の意味にどれくらい気づいてるんでしょうね。

武田うーん、どうだろう。でもやっぱり、普通の住棟の間にある空間とは違うってことは意識にのぼると思いますよ。

―あ、でも、確かにちょっと空気が違う感じがします。むしろ、その団地に暮らす住民でないと入りづらいような、ひとの家感覚が強まってるのかも。

武田それもあるかもしれません。

―このNSペアという型は減ってますか。

武田そうですね。南入りの住棟ってやっぱりあまり好まれなくて、南側に階段室をつくると、どうしても住戸内の南向き面積を減らすことになりますから。

―そうか。いち住棟の南側の部屋を減らしてまで、住棟間のコミュニティスペースをつくったと思えば、NSペア、確かに挑戦的ですね。

武田まあ、間につくったスペースを後から駐車場にしてしまったところも多いので、なかなか難しいところです。けど、ここはテントみたいなのも建ってていいですね。

三上井戸端会議スペースのような椅子も置かれてますよ。

武田自然発生的にそういう形で使われてるとしたらすばらしいですね。

三上…あれ、こっちにはビワが増えてますね。

武田苗木を生産して、大きくなったらまたその横に植え替えているのかもしれません。

―すっかり大きく育ったビワの木もあるから、そのようですね。

武田公団住宅ではこれはルール違反なので、やってはダメですね(笑)。


タウンハウス/津端修一/人間のユートピア/ランドスケープ

―金剛駅からもう1時間くらい歩いてますけど、まだお店をほとんど見てませんね。とにかく、住宅街を巡る感じに。

武田おもしろいですけどね。やっぱり歩くと、町の雰囲気がにじみ出ているというか、その町のことがよくわかりますよ。

―よく散歩はされますか。

武田仕事柄、いろんな土地に呼んでもらうので、そういう機会があれば時間を見つけて町を歩くことはわりとやります。いま歩いてるこのあたりも、坂を上がったり下がったり、ぐにゃぐにゃの道を歩いてるような気になってますけど、きっと地図で見るときれいな幾何学的な道になってると思います。実際に歩かないとそういったことはわからない。

―いい感じのお家が見えてきました。

武田いいですね。これも団地っぽいですけど。

―これも団地と呼ぶんですね。

三上ここは、UR分譲のタウン高辺ですね。

武田タウンハウスは、戸建てがつながった団地です。ちゃんと共有空間もありますし、住むにはいいですよ。

―…と今度は、歩道の真ん中に長い柵が続いてます。

武田これはすごい、どこまでもずっと囲われていて、まったく入れなくなってますね。

―石垣から上の斜面を登ってもらいたくないってことでしょうか。

武田そうなのかな…。

―武田さんがURから博物館、大学に移られたのはどうしてなんでしょう。

武田まちづくりという意味ではURの仕事のほうが近いんですけど、究極的には人をつくることがまちづくりにつながると思ったからです。URというか、公団時代の大先輩で津端修一さんという方がいらっしゃいます。津端さんは高蔵寺ニュータウンという、愛知県の大きなニュータウンを設計した方で、そこが完成したときに、これは技術のユートピアではあるけど、まだ生活のユートピアじゃないという反省をされて。そこで、ご自身で高蔵寺に住まわれて、キッチンガーデンをつくったりだとか、暮らしの豊かさを研究しながら、情報発信をされてきたんですね。

―そんな方が公団にいらっしゃったんですね。

武田昨年、お亡くなりになりましたけど、生前、何度かご自宅を訪ねたことがあります。今朝採れた野菜のサラダでもてなしていただいたり、実際にすごく豊かな生活を実践されていました。こういう人が多い町ほど魅力的になるんだってことですよね。僕が教えているランドスケープという分野は、ただ自然空間を考えるということじゃなくて、生き方やコミュニティに直結しているんです。そういうことを次の世代にも伝えていかないといけない。

―ランドスケープにそこまでの意味が含まれてるとは認識していませんでした。

武田それは、大阪府立大学で教わった増田(昇)先生の影響もあると思います。増田先生の研究室からは、E-DESIGNの忽那裕樹さん、studio-Lの山崎亮さんというそれぞれに活躍されてる先輩も輩出していて、だけど芯になってる考え方があるんですね。…と話してるうちに、またタウンハウスが出てきましたよ。

三上ガーデンハウス藤沢台第2、ここもURの分譲ですね。

―今回は、UR物件をかなり巡ることになりましたね。

武田もっと宣伝しといてもいいんじゃないですか…って、ついOB魂が(笑)。僕は、集合住宅のよさというのは、共用スペースがあることだと思うんです。自分の家の庭よりも広いスペースをみんなで持てるということ。その集合住宅のメリットを、一番少ない世帯数で共有できるのがタウンハウスじゃないかな。

―そんなに町でタウンハウスを見かけませんけど。

武田タウンハウスを建てた時期はかなり短いと思います。効率の面でいえばこれも非効率なので。だけど、もっと見直されてもいい。ちゃんとクルドサック(袋小路状の道路)になってるから、通り抜ける交通もなくて。贅沢ですね~。


#03
団地のソメイヨシノ/橋の下/PLの塔/パブリックライフ

―武田さんは好きな樹木とかありますか?

武田難しい、それは。いっぱいあるかもしれないな。ベタな話ですけど、団地に植わってるソメイヨシノの下で、小学校の入学式に向かう親子が写真を撮っているというのは、ものすごく設計冥利に尽きますね。その瞬間のために植えたサクラなんだよと思って。

―いろんなご家庭のアルバムに貼られていそうな写真です。

武田僕もあるんです、団地に植わったサクラの下で撮った写真が。住まいの空間にそういう場所があることって、やっぱり一生忘れられない風景になりますから。

―団地にサクラはたくさん植わってますよね。

武田多いと思います。ただ、ソメイヨシノって寿命がだいたい60年くらいだと言われているので、団地の建て替えのタイミングで植え替えることもしています。だけど、愛着のある方からすれば「こんな大木、なんで切るんだ」という話になることもあって。

―意外に寿命が短いんですね。…と、いつの間にかPLの塔が間近に見えてきました。そして、制限時間の2時間も残り時間、あと10分ほど!

武田とりあえず、塔の足もとを目指しましょうか。

―今日、歩いてきたルートはほぼ住宅街の中でしたけど、このあたりはトラックがびゅんびゅんと通る府道になりました。大きなショッピングモールも見えてきました。

武田ニュータウンなので町の機能がはっきり分かれてますよね。

―すごい場所にURの案内所がありますよ。

武田橋の下ですね。

―PLの塔も間近くなってきましたけど、残念ながら真下までは入れないようです。

武田こんな足もとから見たのは初めてです。意外と足もとの構造はしっかりしてるんですね。

―だけど、塔のそばまでは近づけなくなってますね、残念ながら。そして、制限時間の2時間です…。

武田ここで終了ですか…。

―最後は、散歩するにはやや難しい道だったかもしれませんね。

武田ニュータウンなので町がはっきり分かれてますよね。

―最後は、やや散歩には不向きな道だったかもしれませんね。

武田「プライベートライフ」と「パブリックライフ」という考え方があるんですけど、日本という国は、世界でも最裕福と言ってもいいプライベートライフが実現していると思います。室内は、たとえばカーテンの色ひとつとっても自由に選ぶことができる。だけど、パブリックライフに出た瞬間に世界でもかなり貧困な国で、公共空間があんまり楽しくない。

―それは実感としてわかりますね。

武田アジアの諸都市で見かける公共空間の方が、よほどいきいきとして楽しそうですよ。それは、道路や公園といった都市の基盤施設をいかに配置するかを中心に、日本の都市計画が考えられてきたから仕方のないことですけど、これからは公共空間をどう使いこなしていくのか、それにあわせてどう作り変えていくのかを考えていかないといけないんです。

―プライベートライフもいいけど、パブリックライフも大事よね、と。

武田そう、たとえば今日見かけた団地のNSペアにしても、緑道の並木道にしても設計者の意図としてはがんばっている。だけどもうひとつ、利用者側がそれをどう汲み取って、使いこなせるかも大切になってくると思います。

―設計とハードでできることもある一方で、使う側でできることもありそうですよね。

武田その手がかりとして、今日お話したピクニックのことだったり、津端修一さんの生き方だったりがあるわけです。

―最後に話がつながってきてよかった! ありがとうございます。

武田さすがに2時間も歩くと寒さを忘れましたね。

文:竹内厚 写真:沖本明

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