スズキナオが見てきた中津のまち
「月と太陽」といくつかの店

[梅田シリーズ]

スズキナオが見てきた中津のまち
「月と太陽」といくつかの店

著書『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』も話題のスズキナオさん。東京から大阪へ移ってきた頃から深い縁を持つ中津のまちを歩きながら、そこで見つけたネパール料理店「月と太陽」へ。中津のまち散歩とお昼ごはんの記録です。


大阪に引っ越してきて7年になった。それまではずっと東京で暮らしていたが、勤めていた会社を辞め、これからは文章を書いて生きていこうと思った。そう思って大阪に来たはいいが、当初、まったくと言っていいほど仕事はなかった。

そんな頃、大阪市北区・中津の「シカク」という変わった名前の書店と出会った。その店は中津商店街の中ほどにあり、かつて豆腐屋だったという古い建物をほぼ自分たちの手で改装したらしい。知り合いのつてでそこを訪ねた私が「仕事が見つからず毎日が暇で……」と話すと、店主が「よかったらうちで店番しませんか?」と声をかけてくれた。この上なくありがたい話だったので「ぜひ働かせて欲しい」とお願いした。店舗は5年ほど前に此花区の方へ移転したが、それまでの間、私は頻繁に中津の町へ通うことになった。

大阪に引っ越してきたばかりだった私は、キタとミナミの雰囲気の違いすらわかっていないような状態だった。自分が住んでいる土地の周辺を除けば、中津は私にとって初めて接する大阪の町だった。

その頃の中津商店街はアーケードに天幕が張られていて、ちょっと薄暗かった。それほど広くはない道幅に野菜を並べて売る人がいたり、昔ながらの駄菓子屋や酒屋、理容店などが並んでおり「梅田の繁華街からそれほど離れていない場所にこんなに生活感のある一角があるなんて」と驚いた。

「シカク」の店番のために中津へ通ううち、商店街以外にもあちこちに面白い店があることを知った。阪急中津駅高架下の大衆酒場「いこい」の活気には圧倒されたし、貨物列車の線路沿いにある半屋台の居酒屋「大阪はなび」も好きでよく通った。酒屋の店頭で飲食ができるいわゆる「角打ち」スタイルの店も多く……と、私はお酒が好きなのでどうしても真っ先に飲み屋のことばかり思い出されてしまうのだが、スパイスカレーの先駆的存在である「SOMA(ソーマ)」があったり、私が中津のシンボルだと思っている大きなタコ型の遊具がある豊崎西公園前には「弥七」という人気ラーメン店があったりして、歩けば歩くほど名店が見つかる感じが楽しかった。

梅田から遠くないのに下町の情緒が残っていて、個人規模のお店をやっている人も暮らしやすいエリアというのが私の中津の印象だ。そういう町だから面白い店が多く、そこを目指して人の流れが生まれる。一方、少し歩けば淀川の河川敷が近く、それもあってか、どこかのんびりとした空気が流れている。梅田ほど気張らず、落ち着いた気持ちで散歩できるから好きだ。

先述の通り、私がかつて店番をしていた書店「シカク」は店舗拡大のために5年ほど前に此花区の方へ移転した。それにともなって私が中津へ足を運ぶ機会も減り、たまに好きな居酒屋を訪ねる程度となった。
今回、少し久々に中津の町を歩き、ここ数年の間に変わったもの、変わらず残っているものを眺めてみることにした。

まずは豊崎西公園へ向かい、タコ遊具が今も変わらず子どもたちに愛されている様子を眺めて安心する。人気ラーメン店「弥七」の近くには、これも大阪有数の人気店である「麦と麺助」もあり、行列ができていた。

撮影:スズキナオ

ラーメン激戦区の通りを挟んだ向かいには「翁豆腐」という老舗の豆腐屋がある。創業は昭和9年、1934年とのこと。最近の私は豆腐屋の豆乳を飲み歩くことを趣味の一つにしているので、もちろんここで豆乳を買う。500ml入りペットボトルに満タンで、濃い大豆の風味がたまらない。豆腐ドーナツも名物だという。

撮影:スズキナオ

豆乳を飲みつつ中津商店街まで歩いてきた。アーケードの天幕は数年前に取り払われ、そのために陽が差して明るい雰囲気だ。かつて「シカク」があった場所には「BUNKA」という、緑色の外観が鮮烈な美容室になっている。

撮影:スズキナオ

そのはす向かいにあるのが「月と太陽」という名のネパール料理店だ。ライスを取り囲むようにカレーや惣菜が配置された「ダルバート」が食べられるらしく、それがなんとも美味しそうで、のれんをくぐることにした。

古い家屋の風合いを生かした店内は、ネパール料理店らしい雰囲気でありながら、友達の家にお邪魔したような居心地のよさを感じさせる。
10種類のタルカリ(総菜)が味わえる「月と太陽ダルバート」と、5種類のタルカリにネパールの餃子であるモモがついた「モモバートセット」がランチタイムの2大人気メニューとのこと。今回は、店名を冠した「月と太陽ダルバート」を注文させてもらった。

ほどなくして運ばれてきたのは、円形のプレート上に、ライスを囲むようにして様々な総菜が盛り付けられた、見た目にも華やかな一品。

店主のガイレ・ドン・ディラズさんによれば、最初は一品ずつ味わい、その後は何も気にせず全部混ぜて食べるのがおすすめとのこと。総菜のメニューは頻繁に変わるそうで、取材時は赤玉ねぎ、大根、きゅうり、じゃがいもの漬け物、豆、いんげん、かぼちゃ、ブロッコリー、ほうれん草を煮たもの、という10種が用意され、そこに2種のカレーとソースがついていた。たとえば夏であれば、ゴーヤやオクラが使われたりするとのこと。

総菜を少しずつつまみ、サラッとしたカレールーをライスにかけて混ぜ合わせながら食べていく。ルーの辛さは控えめで、好みに応じて卓上の辛味ペーストを加えていくのがネパール流だという。

最初の方こそおそるおそるという感じで食べていたが、途中からワイルドな気持ちになってごちゃごちゃに混ぜた。そしてガイレさんが言う通り、豪快にすべてを混ぜ合わせた時にこそ、複雑な味が融合して完成された美味しさにたどり着く気がした。

ガイレさんの手が空くタイミングを待ち、少しお話を伺った。
それによると、ガイレさんは、お兄さんのガイレ・キム・プラサドさんとともに8年前に日本にやってきたそう。お兄さんが経営する「インドレストランDiwali(ディワリ)」は本格的なインド料理が味わえる店として人気を集め、大阪市内に複数の店舗を構えている。ガイレさんもそこで料理人として働き、3年前、「月と太陽」がオープンするのにともなって中津へやって来たという。

現在、ガイレさんは中津周辺に住んでいるそうで、町の印象について聞いてみると「梅田からも近いし、みなさん優しいからこの辺は好きです」とのこと。コロナ以降は人出が減ったが、最近になってようやく客足も戻ってきているそうだ。
ガイレさんのお兄さんと日本人経営者・奥山浩平さんが共同経営で作り上げた飲食店が中津には数店舗あり、どこも人気店となっている。その影響もあってか、遠方から食べ歩きに来る人も増えているという。

ここ「月と太陽」のダルバートの味の決め手は「ジンブー」や「ヒマラヤねぎ」などと呼ばれるハーブで、ヒマラヤ山麓に生えるこのハーブによって生まれる風味はネパール料理に欠かせないのだそう。

ダルバート以外にもおつまみになりそうなメニューが色々あるし、「ネパールアイスビール」や「ロキシー(ネパールの地酒で、ひえを使った焼酎)」など、ご当地のお酒を飲むこともできる。ディナータイムには飲み放題コースもあり、腰を据えてお酒を楽しむ人も多いという。日本ではなかなか味わえない水牛を使った料理もおすすめとのことだ。

今度は夜にゆっくり飲みに来ようと思いつつ店を出る。
中津商店街を歩き、そのまま阪急中津駅近くの高架下を散策。かつては町工場が軒を連ねていた高架下も、今は耐震補強のために大規模な工事が行われている最中である。この先、ガラッと風景が変わっていくのかもしれないと思う。

少し前に中津商店街にある喫茶・レストラン「ンケリコ」を訪れた際、店主の清水暁さんが「中津は変な人が集まってくる面白い町です」と話していた。
新しい店が増え、新陳代謝が活発に進みつつも、その中に老舗が存在感を失わずに残り、自然に混ざり合いながら、ここにしかない雰囲気が生まれているのが中津だと思う。“変な人”が自由な発想で店を出し、そんな場所に面白味を感じる人がやってくる。梅田の隣のエアポケットのようなエリアには、まだまだ未知の楽しみが隠れているような気がしてならない。

月と太陽

住所/大阪市北区中津3−18−18
営業時間/11:00~14:30、17:00~22:00 火曜休
電話/06-6375-1911

取材・文/スズキナオ 撮影/西島渚 編集/竹内厚

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