陸奥賢さんと
梅田のまち歩き辞典をつくろう!05

[梅田シリーズ]

陸奥賢さんと
梅田のまち歩き辞典をつくろう! 05

ターミナル、地下街、高層ビルで埋め尽くされたように見える大阪・梅田。ですが、実はまち歩きにも適した、さまざまな歴史と文化の積み重なったエリアなんです。
大阪各地のまち歩きをガイドしている陸奥賢さんにお願いして、梅田がもっと楽しくなるキーワードを少しずつ紹介してもらいます。今回、紹介するのは、天野屋利兵衛に大阪プール、高速道路の貫通したビルにビル屋上の神社、そして水道哲学です。


天野屋利兵衛の屋敷
[あまのやりへえ-の-やしき]

『摂津名所図会大成』によると、堂島にある浄祐寺の北側にかつて鵲の森があり、そこに天野屋利兵衛の屋敷があったといいます。利兵衛は忠臣蔵、大石内蔵助を助けた義商で一時期、内蔵助も住んでいたとか。利兵衛は幕府から怪しまれて拷問されますが「天野屋利兵衛は男でござる!」と赤穂浪士の討入り情報を隠し通しました。のちに浄瑠璃や歌舞伎にもなり、利兵衛の啖呵は名シーンとして有名になりました。

:天野屋を題材にした落語があります。利兵衛と内蔵助が料亭で密談し、疲れた利兵衛が先に寝ます。酒に酔った内蔵助は馴染みの遊女の部屋に行くつもりが、勘違いしてなんと利兵衛の部屋へ。布団の中で内蔵助に抱きつかれて思わず利兵衛は「あ、天野屋利兵衛は、お、男でござるっ!」。

阿呆陀羅経
[あほだらきょう]


牛の藪入り
[うし-の-やぶいり]

梅田墓地
[うめだぼち]


圓頓寺のサギ
[えんどんじ-の-さぎ]


大阪プールの飛び込み台
[おおさかぷーる-の-とびこみだい]

扇町公園には、かつて大阪プールがありました。昭和25(1950)年の設置で、巨大な観客席(約2万5千人)が売り。「最も観客収容数の多いプール」としてギネスブックに認定されたほどでした。大阪市民の娯楽として長く親しまれていましたが、施設の老朽化で、1996年に大阪プールは八幡屋公園へ移転。扇町の大阪プールは閉鎖され、その後、飛び込み台が記念のモニュメントとして公園内に残されました。

:大阪プールで世界新記録を連発したのが石川県輪島市出身の山中毅選手(1939~2017)。1958年の日豪国際の200m自由形、1959年の日米対抗400m自由形で世界新記録を更新しました。山中毅の母親は海女で、出産数日前まで海に潜っていたので、「山中は生まれる前から泳いでいた」といわれたとか。歴史に残る名キャッチコピー(?)です、生まれる前から泳いでいた。

大阪タワーとゴモラ
[おおさかたわー-と-ごもら]

大阪駅の初代駅長
[おおさかえき-の-しょだいえきちょう]

屋上ビアガーデン
[おくじょう-びあがーでん]


怪盗イナズマ小僧
[かいとういなずまこぞう]


空中庭園大明神
[くうちゅうていえんだいみょうじん]


渋谷ビール
[しぶたにびーる]


ソーライス
[そーらいす]


大日本ドケチ教
[だいにほんどけちきょう]

谷三兄弟
[たに-さんきょうだい]

タレベン
[たれべん]


TKPゲートタワービル
[てぃーけーぴーげーとたわーびる]

ビルの5階から7階がトンネル構造となっていて、そのあいだを高速道路が貫通しているオフィスビル。当地には、かつて末澤産業の社屋がありました。老朽化で昭和58(1983)年に改築しようとすると、ここが都市計画の高速道路予定地になっていたため、建築が不許可に。末澤産業は阪神高速道路公団と5年の長きにわたって交渉し、前代未聞のオフィスビルができ上がりました。

:阪神高速11号池田線の上り本線(大阪市方面行き)から梅田出口へ向かうとTKPゲートタワービルの突き抜け体験(?)ができます。ちなみにビルと高速道路はどこも接地してません。「ビルだけを解体する」「高速道路だけを解体する」という事態が生じても互いに問題がないようにとのこと。何よりもアイデアが突き抜けてます。


兎我野の鹿
[とがの-の-しか]


ナマズ稲荷
[なまず-いなり]

菜種御殿
[なたねごてん]


歯神社
[はじんじゃ]


福永稲荷大明神
[ふくながいなりだいみょうじん]

大阪駅前第1ビルの屋上に福永稲荷大明神と狐塚が祀られています。平安時代の保延(1135~1141)年間に源融の十代目子孫・渡辺伊豆三郎が当地を開拓して邸を建てました。その後、南北朝時代の応安(1368~1375)年間に十八代目子孫・渡辺十郎が稲荷神を祀って一家の守護神としたのが始まりといいます。戦争で焼失し、その後、駅前第1ビルが建ちましたが、旧地であるのでビルの屋上に神社が再建されました。小さいながらも600年以上の歴史を持つ神社です。

:かつてはこの辺りに小さな丘があり、狐狸の棲み処があったそうで、それが狐塚という名前の由来とか。塚ですから何かの古墳だったのかもしれません。自然豊かな場所だったのでしょうが、今の繁華街と化した駅前ビルからはまったく想像もできません。まさに狐や狸もビックリするような化け具合。


松下幸之助の水道哲学
[まつしたこうのすけ-の-すいどうてつがく]

昭和7(1932)年、松下電器の松下幸之助は中央電気倶楽部で創業記念式を挙行し、「通行人が飲んでも咎められない水道水のように、産業人の使命は物資を豊富かつ廉価に生産提供すること」という有名な「水道哲学」を表明。その実現のために「松下250年計画」を発表しました。幸之助の名演説に社員168人が興奮の坩堝と化してトランス状態に。次々と壇上にあがって決意表明を始め、10時開始の式典は18時にようやく閉会したとか。

:堂島に今もある中央電気倶楽部は、昭和5(1930)年の完成で、2009年には近代化産業遺産に認定されました。大大阪時代の名建築で、当時の大阪市は人口、面積、工業出荷額で日本一の都市でした。「中央」という冠名にも当時の大阪財界人の気概が感じられます。いつみてもかっこよくてシビレますな、電気倶楽部なだけに。

ワールド
[わーるど]

王仁博士
[わにはかせ]

参考文献:
雑誌『郷土研究 上方』(創元社)
『大阪史蹟辞典』(編・三善貞司/清文堂)
『中央電気倶楽部五十年史』(中央電気倶楽部)
『道路行政セミナー1992年9月号』(道路新産業開発機構)
朝日新聞「ますます勝手に関西遺産:阪神高速の構造」(2011年7月21日)
『泳ぎまくった十一年』(著・山中毅/ベースボール・マガジン社)


陸奥賢

1978年大阪生まれ。「世界観に光をあてて揺さぶる」をモットーに「大阪七墓巡り復活プロジェクト」「まわしよみ新聞」「直観讀みブックマーカー」「当事者研究スゴロク」「劇札」「歌垣風呂」「仏笑い」など、日夜、妙な遊びの仕組みを作って世間に広めている。


文:陸奥賢 編集:竹内厚

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