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不思議な間取りを収集して、とても話題になった『間取りの手帖』。
出版されたのはもう2003年のことでした。
その著者の佐藤和歌子さんに原稿を依頼したところ、最近の間取り図について言いたいことがある! とのこと。
みなさん、間取り図見てますかー?



 仕事半分、趣味半分で海外の都市の不動産業者のHPを覗いてみると、間取り図というものが見当たらない。「NY apartment」とか「Paris appartement」で画像検索をしても、ほとんどが外観か内観の写真。たまに間取り図らしきものを見かけても、元を辿ると日本人向けの仲介業者のHPだったりする。
 15年前、語学研修で訪れたマドリッドで不動産屋さんを探して、「私は日本の学生で、住居について勉強しています。この街の住居の間取り図をいくつかコピーさせてもらえませんか」とお願いする時も、「間取り」に相当する語が辞書で見つからず、困った覚えがある。  どうやら賃貸広告につきものの間取り図は、日本独特の表現様式らしい。


 なぜ日本の賃貸広告には、間取り図がつきものなのか?
 なぜ日本人は、住む家を決める時に間取りを気にするのか?
「当たり前じゃん! 間取りがわからないと生活もイメージできないもん」 
 自問、即自答。
 逆に、外国の人たちが間取り図の必要を感じない、つまり立地や面積、写真だけで「ここ住みたいかも」と思えるのだとしたら、それは家の間取りのパターンがほぼ定型化しているからではないかと思う。
 日本の住居は多種多様だ。
 和風建築に洋風建築が組み合わせられたり、洋風建築に和風建築が組み合わせられたり。数十年で世帯構成や生活様式が激変したし、地域差も大きい。「3LDK、78m2」と書いてあったとしても、和室の有無、振り分け(部屋と部屋の間に廊下が挟まる)タイプなのか否か、リビングからトイレへの動線はどうなっているのか等々、生活する上で重要なことは意外とわからない。極端な話、玄関を入ってすぐの土間にトイレがあるとか、風呂場を通らないと向こうの部屋に入れないとか、私は現にそういう間取りに遭遇したことがある。
 日本では間取りのパターンが多種多様だから、住む場所を決める時に間取りを気にする人が多いのだろう、従って広告にも間取り図が掲載されてきたのだろう。他にもいろいろ要因はあるだろうけど、間取り図を眺めてはそこでの暮らしや設計者の意図を想像するという遊びは、もしかすると「日本ならでは」かもしれない。そんな風に憶測してきた。


 ところが。

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 なんじゃこりゃ。洋室2.5帖の壁が消失している。

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 衣洗所面脱……中国語か? いや、タテ読みで「洗面脱衣所」、よく見るとその背後で「浴」の文字が潰されている。DKと8帖と6帖の境界も潰されてるし。はー、なんかもう、かなしい。車の上面図なんて要らないからさ、とにかく見てわかるように描こうよ。


 このように、コンピューター上でずさんな画像処理がなされたと思われる間取り図を、ここ数年よく見かけるようになった。そして、以前はいわゆる看板商品(看板物件)のみに見られたカラー写真が、ふんだんに使われるようになった。私が間取り図を集め始めた頃と違って、賃貸広告も今やインターネットが主流。紙媒体のように、限られた誌面にみっちり詰め込んで、白黒印刷で商品価値を伝える必要はない。


 ちなみに、ここで紹介した間取り図は、最近の紙媒体からスキャンした。間取り図はずさんな割に、「キラリ個性の光る部屋」とか「見つけた!グッとくるカタチ」といったキャッチコピーがでかでかと印刷されているのも、十年前の賃貸情報誌では見かけなかった光景だ。インターネットに引っ張られる形で、紙媒体の広告も、詳細よりイメージを優先する流れになってきているのだと思う。


 目の保養になるかどうか、私が好きな間取り図は、例えば次のようなものだ。

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 左右と下方に生えているナミ線、これはアコーディオンカーテンだ。洋室で暮らすようになっても土足には耐えられず、障子や襖で空間を仕切るという習慣を捨てられなかった日本人の象徴、と言って言えないこともない。
 私が育った家も、ダイニングとリビングの間にアコーディオンカーテンがあった。というか今もあるけど、まったく使われていない。唯一記憶に残っているのは、学校の先生が家庭訪問でやってきた時、台所をさっと隠すのに使っていたような。
 些細といえば些細な要素を、省略するのではなく、文字で説明するのでもなく、ナミ線という手段で感覚的に表現した、この工夫が嬉しい。
 三方からアコーディオンカーテンが引き出されて、家の中央に集結する様子を想像するのが楽しい。
 掃除がめんどうで、ホコリがたまって、どうせ使わなくなるんだろうな、と考えるのもまた楽しい。


佐藤和歌子
1980年神奈川県生まれ。著書に『間取りの手帖』『悶々ホルモン』『角川春樹句会手帖』など。文筆業のはずがいろいろあって開店休業、転職を考えたりバイトしたりしながら浪人中。

カリグラシコラム

そのことを仕事にしている人もいれば、普段の暮らしの中でモヤモヤとした思いが浮かんでいる人もいる。借り暮らしにまつわる意見や考えを、さまざまな人たちが自由なスタイルで綴ります。

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