マドリード国際映画祭
最優秀主演女優賞受賞作
映画『キセキの葉書』
レビュー
text by 金益見

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ロケ地として武庫川団地が大々的に使われた映画『キセキの葉書』。ロードショー公開を前に、「マドリード国際映画祭」で主演の鈴木紗理奈が最優秀外国映画主演女優賞を受賞というニュースも飛びこんできました。 武庫川団地に住まう娘からうつ病の母親へ、5,000通もの絵葉書を送り続けたという実話をもとにした劇場映画。いち早く、金益見さんに映画を見てレビューをいただきました。
 

金益見
1979年7月14日大阪府生まれ。神戸学院大学人文学部講師。博士(人間文化学)。大学院在学中に『ラブホテル進化論』(文春新書)を刊行し第18回橋本峰雄賞受賞。その他単著に『性愛空間の文化史』(ミネルヴァ書房)『贈りもの 安野モヨコ・永井豪・井上雄彦・王欣太~漫画家4人からぼくらへ』(講談社)『やる気とか元気がでるえんぴつポスター』(文藝春秋)など。

 


映画『キセキの葉書』はヒーローがヒロインを救う物語である。
いわゆるハリウッド映画の王道パターンと同じ設定なのだけど、少し違うところは、ヒーローが人間ではないところだ。
では、コウモリの化身なのか。
否。
勿論、蜘蛛の化身でもない。

 


おそらく、この王道パターンで作られた今までの全ての作品のなかで、群を抜いて地味なヒーローが、5歳から70代女性まで救ってしまうというとんでもない映画、それが『キセキの葉書』である。
タイトルになっているから、これ以上引っぱってもアレなので、サクッと答えを書いてしまうと、この映画のヒーローは「葉書」だ!


葉書が主人公を救い、認知症になった母親を救い、間接的に脳性まひの女の子も救ってしまう。 どえらい力をもった葉書なのだ。
そして私は、その力の源になっているものが「肉筆」なのではないかと考える。
手書きで書かれた文字やイラストが、葉書にヒーロー並のパワーを与えたのではないかと。


突然個人的な話になるが、私は肉が好きだ。
肉を食べると力が湧いてくる。


そして私は肉筆が好きだ(肉筆で書かれたポスターを集めた本を出したくらいだ)。
肉が好きなのと、同じ理由で肉筆が好きだ。
肉にも肉筆にも、なにか力の源になるようなものが入っている気がする。
仕事で疲れた時、いつか妹が研究室に遊びに来た時に書いてくれた「元気出して!!」というメモをみる。
すると、ほんとうに元気が出てくる。
言葉の意味だけに励まされるのではない。
肉筆が持つ、そこからはみだしたパワーに元気づけられるのだ。

妹の肉筆メモ。


話を戻そう。


『キセキの葉書』の舞台は、阪神・淡路大震災から半年後の兵庫県西宮市。
脳性まひの娘を抱える主婦みどり(鈴木紗理奈)が、自問自答しながら様々な問題を乗り越えていくというストーリーは、実話を元に作られたという。


震災、うつ、子どもの病気、パートナーの単身赴任、母親との不仲…みどりが抱える問題は山積みで、序盤は観ているこちらもなかなか苦しい。
鈴木紗理奈が演じるみどりのぶっきらぼうな態度が、めちゃ×2イケてない妻・母・娘になってしまっていて、「余裕がない時ってこんな感じになってしまうかも…」と共感するひともいるかもしれない。


特に、主人公が赤い車を見て、その車に乗っているひとのことを考えるシーンが印象的だった。
走りすぎていく車を運転しているひとのことを勝手に想像して、ぼんやりと憧れるみどり…。嫉妬や羨望といった激しい感情も抱けないくらい疲れきっている様子から、終わりの見えない日常のしんどさが伝わってくる。


そんななか、団地での交流シーンは唯一のほっこりタイムだった。
まず子どもたちが元気でよかった。
小学生の男子たちが、みどりが紡いだ小説に的確にアドバイスするシーンは、編集者必見だ(あれだけ率直にリアルな意見を言ってもらえて参考にならないわけがない)。
悟りを開いたかのような近所のお婆さんの名言もいい。思わずメモして持ち歩きたくなる、人生を支えてくれるような言葉の数々だった(あえてここに書かないので、本編を観ながら是非メモを!)。


周りのひとに助けられながら、みどりは少しずつ元気を取り戻していく。


そんななか、母親が認知症とうつ病を併発したことをきっかけに、今度はみどり自身が助ける側にまわることになる。
ここで、(待ってました!)ヒーローの登場だ。
みどりは、大分県に住む母親(赤座美代子)を励ますために、毎日葉書を書く。
このあたりから夜が明けるように、映画に光りが差し始める。


葉書の見事なヒーローっぷりは、本編を観てのお楽しみなので詳細は書かないけれど、観賞後に気がついたことをひとつ。
この映画のタイトル『キセキの葉書』の、“キセキ”がカタカナで記されているのは、おそらく「奇跡」だけではなく、「軌跡」という意味も込められているからだろう。
肉筆の葉書は5000通に及んだという(それが実話だからまた凄い)。
レビューの中盤に、肉筆には力の源になるものが宿っているのではないかと書いた。
そこに「軌跡」と呼べるくらいの時間が費やされると、それはもうとてつもないものになるのかもしれない。


例えばゲーテがシャルロッテ宛に書いたラブレターの数は約1,800通。
失恋に終わったものの、「肉筆」×「数」は、後に『若きウェルテルの悩み』という偉大な作品が生まれる元になった。
母に宛てた5000通の葉書は、生きることを諦めかけたひとの命を救い、崩壊しかけた家庭を救った。
「肉筆」×「数」で、もしかしたら私にも奇跡が起こせるかもしれない。

 


奇跡の源が実は身近にあるかもしれないこと。
私も誰かを助けられるかもしれないこと。
『キセキの葉書』に、軌跡による奇跡の起こし方を教えてもらった気がした。

INFO
『キセキの葉書』

監督:ジャッキー・ウー
原作:脇谷みどり「希望のスイッチは、くすっ」(鳳書房)
配給:ミューズ・プランニング
提供:グローバルジャパン *関西先行ロードショー劇場公開
布施ラインシネマ 8月19日(土)~
全国ロードショーは11月4日(土)~

カリグラシコラム

そのことを仕事にしている人もいれば、普段の暮らしの中でモヤモヤとした思いが浮かんでいる人もいる。借り暮らしにまつわる意見や考えを、さまざまな人たちが自由なスタイルで綴ります。

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