『わたしたちの家』
清原惟(映画監督)

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派手な話題性もメジャーな俳優が出てるわけでもない『わたしたちの家』という映画が、ミニシアターを連日満席にしています。東京藝術大学大学院の修了作品として作られた本作は、まったく違う2つの物語が1つの「家」の中で同時に存在するという変わった構成に驚かされます。1992年生まれの清原惟監督は、本作でPFFアワード2017グランプリを受賞。第68回ベルリン国際映画祭・フォーラム部門正式出品にも選ばれました。

ベルリン映画祭から帰国したばかりの清原惟監督へ、大阪在住の映画監督・西尾孔志がインタビュー。「団地はマルチバース(多宇宙)」「誰かにとって自分も幽霊」など、清原監督からは意外性あるフレーズが次々と飛び出しました。なお、インタビュー記事の最後には、清原監督がベルリンで撮影した気になる住まいの写真も掲載します。


清原惟(きよはらゆい)
1992年生まれ。東京都出身。黒沢清監督、諏訪敦彦監督に師事する。東京藝術大学大学院の修了制作として撮影した初長編作品『わたしたちの家』がぴあフィルムフェスティバル2017でグランプリを受賞、ベルリン国際映画祭、香港国際映画祭など海外からの招聘も相次いでいる。

西尾:『わたしたちの家』はどんなキッカケで生まれたのですか?

清原:「複数の物語がひとつの映画の中にある」っていうのがもともとの漠然とした構想としてありました。それをどういう風に具体化させるかを考えていた時に、バッハの《フーガ》という形式の曲を聴いて、私の想像していたような「独立した複数の物語が、独立しつつ、ひとつの物語になる」っていう構造にすごく近いなって思って。フーガって独立したメロディラインがいくつも重なり合うことで違うハーモニーが生まれる構造なんですね。私はフーガを曲として聴くのも好きで。すごく美しい構造だなって思って。独立しつつもお互い影響しあっている、そういうのを映画でやりたかったんです。

西尾:以前に撮られた作品『音日記』(2016)、『ひとつのバガテル』(2015)も拝見しましたが、フーガの構造をどちらの作品にも感じました。この形式が好きな理由は何かあるんですか?

清原:一般的には、映画ってあるひとつの世界をどれだけ強固にリアリティを持って描けるかを重要視するものだと思うんです。そのことによって、見ている人が感情移入したり没入したりするっていう。でも、どこかで「確固たる世界がある」という考え方が私にはあまりしっくりこない。それを信じきってしまうことに対する違和感みたいなことでもあると思うんです。自分たちが生きている世界もそうですが、映画の中にももっといろんな世界が存在してもいいんじゃないか。そういうイメージを以前から持っています。

西尾:『わたしたちの家』の舞台となっている古い家は、住んでいたところじゃないですよね。

清原:そうなんです。知り合いの方が住んでいた家をロケハンをしに行って。

西尾:『ひとつのバガテル』は団地が舞台、『音日記』も階段が外にあるアパート風の建物が印象的でした。どうして団地や古い家にひかれるんでしょう?

清原:やっぱりそこに人が住んでいた記憶っていうか、痕跡が残っている場所がすごく好きで。『わたしたちの家』を撮影した場所は築90年くらいで、もともと炭屋さん、その次に牛乳屋さん、その後はたばこ屋さんと結構、姿を変えて生きてきた建物です。映画のなかで直接的には家そのものの歴史を出してませんけども、そこに行って自分が感じた記憶みたいなものは、物語の中のあの家や映画に表れているように思います。

西尾:清原監督の作品で印象的なのが無人の部屋のショットです。必ず出てきますね。

清原:必ず入れると決めてはなかったですけども、どうしても撮りたくなっちゃうんです。

西尾:それは何を撮っていると、ご自身は思っていらっしゃいますか?

清原:あれは、本当に家を主人公の一人として撮っているという感じですね。撮っている時はそういう気持ちだった。絶対に家も意識を持っている感じがしていて、家の目線的なショットです。

西尾:家の意識ってどんなものだと思いますか?

清原:家が記憶を持ってるということかなって思います。ずっと見続けてきた家はすべてを知ってるような感じがして。「どんな時でも見てるよ」っていう。怖いですよね。でも、自分よりも家は多くのことを知っていると思うんです。

 

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借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。

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