是枝裕和(映画監督)

ひきつづき、是枝監督に『海よりもまだ深く』と団地の話をお聞きします。

#1 はこちら

#2 「タイムマシンに乗ったような」

sab_1

是枝監督が団地という場所を意識されたのはいつからでしょうか。

是枝:住んでいる時から強い思い入れがあったわけじゃないですね。むしろ、自分の家の庭がないから、引っ越した頃はネガティブに捉えていたところもありました。だけど、不思議なものですね、離れると愛情が湧いてくるというのは。無機質だと思っていた空間にいろんな情緒が感じられて。駐輪場にまでね。だから今回の作品では、とにかくどの風景も愛おしい、愛おしいって撮ってるんですよ。

本当にいつまでも見ていたいと思える場面の連続でした。

是枝:阿部さんが母親の樹木希林さんの背中に手を当てながら、バス停に向かって歩いて行く場面がありますけど、あれは、僕が母親と実際に歩いてた道なんです。役者が演じているとはいえ、カメラの脇に立ってその光景を見ていると、タイムマシンに乗って自分の過去に立ち会ってるような感じがあって、それは初めての経験でした。

2-2_R02

思い入れが強く入りすぎることで、撮るのが難しいということにはなりませんか。

是枝:そうですね、危険な面はあります。自分にとって感慨深くても、映画を見るひとが疎外感を感じるようじゃ嫌だなとか、いろいろ考えました。最終的にそれがうまくいってるかどうかは、まったくわからない。わからないけど、できあがった映画を自分で今見ても、やっぱりちょっと特別な感覚なんですね。

作品タイトルはテレサ・テンの歌の歌詞から採られています。

是枝:台風の夜、団地の部屋でラジオから音楽が流れてくるシーンがあるんですけど、そのシーンが最初に思い浮かんでいたんです。脚本の1ページ目に「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」とだけ書いて、あとの物語ができる前に、その場面だけ決めていました。それで、まあ昭和歌謡だろうなと思って、いろいろ考えて、テレサ・テンかなと。テレサ・テンの曲を全部聞き直して、「別れの予感」に決めました。決して代表曲じゃないんだけど、あの曲が一番好きだというひとは意外といるっていうのも、いいとこだなと思ったので。だから、あの場面と流れる歌、歌詞からとった「海よりもまだ深く」ってタイトルを先に決めちゃって、そこに向かって脚本を書きはじめました。

2-3_000007-2

そういったつくられ方だったんですね。

是枝:『歩いても 歩いても』でも同じやり方をとりましたけど、なるべく遠いところから書きはじめるということです。

最後に、このOURS.というサイトは「借り暮らし」をテーマに掲げています。是枝監督は、持ち家か賃貸かということに対してご意見はありますか。

是枝:僕自身は、家に対するこだわりはほとんどありません。家賃を払い続けるのがもったいないから、家を買うことはあっても、こだわりではないかな。ただ、僕の母は、死ぬまで賃貸だったことに対して負い目がありましたから、その負い目を感じさせたまま、死なせてしまったということに対する、子どもとしての負い目が僕にもあります。

2-4

団地に住まう住民どうしの交流も大切な劇中エピソードのひとつ。

今回の劇中でも、賃貸暮らしの母親が「どうせなら分譲買ってくれない」って口にしますね。

是枝:母の世代はやっぱりありましたよ。特に団地に暮らしていると、道1本を隔てて賃貸と分譲の棟が向き合っているから、違ってみえるんですね。子どもはそんなに気にしてなかったけど、お母さん仲間の間では格差みたいなものはあったでしょうね。

そうした記憶が劇中にも反映されていると。

是枝:これから、そこは変わってくるんじゃないかな、わからないけどね。まあでも、旭が丘団地って清瀬駅からバスに乗って行かなくちゃいけないから、アクセスが悪くてなかなか若い人が移ってこない。団地ごとにいろんな事情は違うからね。ただ、いずれにしても集合住宅の楽しさってそれはそれで間違いなくありますよね。

2-5_000002-1

取材にはUR都市機構の西山さん、田宮さんも同席。

取材・文:竹内厚 写真:平野愛
*映画『海よりもまだ深く』劇中カットはギャガ提供、©2016 フジテレビジョン バンダイビジュアル AOI Pro. ギャガ
(2016年5月20日掲載)


THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。

NEW ARTICLES
/ 新着記事
RELATED ARTICLES
/ おすすめの関連記事
近くのまちの団地
住まい情報へ