大竹 「給水塔と亀」を読んだときに、津村さんは空間好きなはずだって確信して、だから、津村さんがどう小説をつくっていくのかはとても興味があります。

津村 「給水塔と亀」は、物件情報を見て、この主人公の収入だったらこの土地の、こういう物件だったら住めるなとか、かなり実際に調べました。家賃のことも大事で、家賃にいくらかけているかって、その人が出ますから。

大竹 そうですね。家賃で住むエリアも決まってくる。

津村 高くなっても駅前に住みたい人もおるし、駅から自転車で10分かかっても、安くて広いところがいいって人では、やっぱり性格も違うと思う。だから、駅前のすごくいいマンションに住んでる人の小説は、私はたぶん書かない(笑)。確かに便利やけど、どうでもいい…。けど、駅から雨に濡れずに帰ることにこだわってる人とかだったら、それはわかる。

大竹 駅から家に行くまでの道がどんな道かも大事じゃない? 幹線道路を2本渡らないといけないのは、私、アウトですね。

津村 確かに。

  

大竹 ほんとは1本でも、イヤなんです。つまり、信号を渡らずに家まで帰れるというのは、どんなにすばらしいことかってことです。散歩の思考が途切れないのだから。青信号が見えた途端に、渡ってしまおうか、ちょっと走れば間に合うんじゃないか、とか、そういう余計なことが浮かぶのがイヤなの。

津村 すごくわかりますね。そこまでは考えてなかったけど、私も通勤してた頃、やっぱり信号を渡るのがイヤでイヤで、遠回りしてでも路地の方から通ったりしてましたね。あまり途中で止まりたくないんですね。

大竹 そうでしょう。私も信号がなぜイヤなのかって随分考えたんですよ。ただ立ち止まるのがイヤなんじゃない。そこで自分の頭がかき乱されるのがイヤなんです、私の場合はね。

津村 わかる。けど、そこまで信号がイヤな人、初めて会いました(笑)。

大竹 太い道路であればあるほど、それは考えちゃいますよ。

津村 車が走ってる道路って川みたいなもんですよね。だから、道路のこっち側とあっちに側コンビニがあるとして、けど、どっちもつぶれない。

大竹 そうそう。道路が川のように町を分けてしまう。東京オリンピックのとき、東京の青山通りが3倍くらいに拡張したんですよ。そしたら、道路がすっかり町を分けてしまって、それぞれが「島」みたいになった。私は、そうやって町を観察するのも好きで、道路のこっちとあっちで「島」の性格が違うなとか、物の値段が変わるなとか、注意がいきますね。

津村 見ちゃいますよね。自分が住んでる側の「島」には変なマンションがあって、向こうに負けた…とか、ぶちぶちと思ってる。そうやって土地のレイアウトを見るのも面白いんです。

大竹 それも町の間取りなのかもしれないですね。東京には「陸の孤島商店街」っていうのがあるんですよ。私が勝手にそう名付けただけなんだけど。沿線の駅から離れた住宅街にこつ然と商店街が現れるんです。かつて大きな工場があったけど、それがなくなって商店街だけが残ったとか、むかしからある神社の参道前が商店街になっているとか、数10mくらいお店がつづく。これが最高にいいんです。

津村 空間や土地と人間の相互関係みたいなものですね。実は、空間って人間以上に変形できないものなので、それに合わせて人間が変わっていったりする様子とか、見てると面白い。

大竹 そう、人の一生より土地のほうが歴史が長いですから、そのあいだに起きる相互作用ってほんとに面白い。都市は人間がつくりあげたものですけど、その都市が人間を変えてしまうことがある。人間って生きものだな、と思いますよ。

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THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。

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