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手放すことで出会いがある。
変化を楽しむ、綿野かおりさんの暮らし方。

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#2
すべてをコントロールできない状況に。同居人との暮らしで見つけたこと

綿野さんがAirbnbで空き部屋を貸していたとき、宿泊したのはほとんどが海外からの旅行者だったそう。日本人のお客さんは1人だけ。彼女と出会ったことで、自分が京都に来たばかりの頃を思い出したのだそうです。

綿野:彼女も仕事を辞めて、起業を視野に入れつついろんなことを考えている時期だったんですね。京都にはゲストハウスとかおもしろい宿泊施設がたくさんあるので、泊まり比べをしていたそうです。その中で、うちも見つけて来てくれました。
最初に泊まったのは春だったんですけど、秋になって「やっぱり京都に住もうと思うんだけど、まだ家が決まっていないんだよね」という連絡がありました。「じゃあ、しばらくはうちに住む?」と提案して、1ヶ月間の同居生活が始まりました。
夜には彼女が1日の出来事を話してくれるんですけど、起業を考えるほど行動的でバイタリティのある人なので、その進捗ぶりがすごかったんです。動けば動いた分だけ成果があるんだなって、私もそうだったのでよくわかりました。
出会った人だったり、初めて行った場所だったり、発見したことだったり。新しい土地に引っ越してきた最初の1ヶ月間にいあわせて、毎日その話を聞くというのがすごく楽しかったですね。

新しい移住者と暮らすことで、綿野さん自身も、京都という土地について改めて発見したことがあったといいます。

綿野:お店に行ったときなんかに、店員さんが話しかけてくれることがありますよね。
そういうときに「京都に来たばかりで、こういうものを探しているんです」と言ってみると、「そんなんだったらあそこに行ってみたら?」って情報をくれることがよくあるんです。それで、言われた通りの場所に行ってみると、また別の人に出会って「そんなんだったら…」って新たな指令をくれる。RPGみたいなんです。
そんな体験を新しく引っ越してきた友達と話し合っているうちに、尋ねられたときにパッと自己開示できることがすごく大事なんだなと改めて思いました。自分がどんな人で、何がしたいのか。それをちゃんとわかっていて、出会った人に伝えるようにしていれば、求めている答えにより早くたどり着けると思うんです。なかなか難しいんですけどね。

また、人と暮らしてみたことによって、すべてを自分でコントロールできない中での対応力や柔軟性が身についたとも感じているのだそう。

綿野:なんでも自分で好きにできちゃう環境って、ちょっと危険なのかなって思っていました。誰かと一緒にいてままならないこともある中でも、「自分は自分」というスタンスで生活していく。そのほうが、ひとりで何もかもコントロールできる暮らしを続けていくよりも強くなれるんじゃないかな。
たとえば、冷蔵庫の配置。買ったはずのアボカドがないと思ったら、同居人が味噌をしまう場所を変えて見えなくなっていた、みたいなことはよく起こるんです。でも、そういうことに対していちいち苛立ったりはしませんでした。
私はもともと神経質なほうではないんですけど、冷蔵庫の配置のように些細なこだわりが積み上がっていくと、「私は絶対にこれじゃないとダメ!」みたいな方向に進んでいっちゃうんじゃないかと思うんですよ。

すべてを自分でコントロールできる暮らしへの危機感は、どんなきっかけで抱くようになったのでしょうか?

綿野:それもやっぱり、東日本大震災があったからなのかも。テント買ってみて、「いざとなったらこのテントで寝よう」とか準備してるんです。実際は無理だと思うんですけど(笑)。
自分でなんでもできたり、作ったりする人にすごく憧れがあるんですよね。いつでも、なんとかできるようにしておかないといけないって、なぜか思っています。

コンパクトかつオープンに。心地よい風が吹くマンションへの引っ越し

綿野さんが2階建の一軒家を出ようと思ったのは、Airbnbの夢を見たことだったそうです。

綿野:住み始めて4年くらい経ってから、Airbnbの夢でうなされるようになったんです。楽しかったけど、もういいかなと思いました。いったんひとりになりたかった。
家も広すぎるから、もう少しコンパクトに暮らそうと思いました。

そこで見つけたのが、今住んでいる2Kのマンション。住み始めてから1年ほど経ったところだといいます。

綿野:気持ちのいい感じに惹かれて、ここに決めました。すごく明るいですし、2つある部屋の両方にベランダがあって、窓を開けると家全体を風が通り抜けるんです。それに屋上もあって、上がり放題なんですね。そこで朝の空気を吸ったり、夕焼けを見たり。住んでいるのはひとりなんですけど、すごくオープンな環境だと感じました。

夏の夜は屋上に寝袋を持ってきて眠ることもあるのだとか。

同じマンションには、ファミリーでの入居も多いのだそう。確かに、ひとりで暮らすには広い部屋です。

綿野:コンパクトに暮らしたいとは思いましたが、ある程度の広さはほしかったんですよね。2部屋あるので、遠方から友達が来たときにも泊まってもらいやすいです。

仕事では京都から大阪まで通勤している綿野さん。今の住まいは駅から少し離れていますが、不便さは感じないのでしょうか?

綿野:「なんか不便にしたい」っていう思いがあったんです。
前の家は駅の近くだったので、発車3分前に家を出てもギリギリ乗れたんですね。便利なんですけど、帰ってきたときすぐ家に着いてしまうので、ぼんやり考え事をしながら歩くっていう時間があまりありませんでした。
今は駅まで徒歩20分かかるので、毎日あれこれ考えながら歩いています。坂道になっているんですけど、途中におもしろいお店がたくさんあるので、ただ歩いているだけでも楽しいんですよね。帰り道に「あそこに寄って行こうかな、まっすぐ帰ろうかな」っていう選択肢があるところも気に入っています。
それから、朝は朝焼けを眺めながら、夜は暗い道を山に向かって歩くというところもすごくよくて。家と駅が離れたことで、自然とマインドフルネスができているような気がします。

本でいっぱいの書棚の前には、読書用のイスを用意。

大切なものでも、手放すことで新しいものとの出会いがある

家と仕事を同時に失くしたことを機に、がらりと生き方を変えた綿野さん。彼女に一番聞きたかったのは、これまでの生活を変えたいと思ったとき、どうすれば踏ん切りがつけられるのかということでした。
そんな質問に対して綿野さんが聞かせてくれたのは、埼玉から京都に移住してきた友達の話です。

綿野:その友達はやりたい仕事があって、京都に引っ越して来ていたんです。仕事をとても大切にしていたと思うんですけど、いろいろな事情で続けるのが難しくなってしまったんですね。それで、いったん手放す決心をしたんです。
そのとき、時間もできたし田舎暮らしにも興味があるしということで、援農スタッフとして和歌山県のみかん農家に行ったんですよ。3ヶ月間住み込みで働いたんですけど、それが本当に楽しかったみたい。気軽な気持ちで行ったのにその土地に惚れ込んでしまって、農家の人にもすごく歓迎されたそうです。
そんな彼女のことを見ていて思ったのは、すごく大事にしていることでも、自分にとって合わなくなってきたり「なんか違うな」って感じたときには、一度手放してもいいということ。そうすると、代わりのようにまた新しい大事なものが入ってくるんです。
私自身もそうでした。家も、仕事もなくなってしまったけど、その分新しいものが入ってきた。それを楽しみに待つのも、いいと思うんです。

綿野さんの夢は、いつかネコと暮らすこと。

手放すことが、新しい出会いにつながるんですね。そう思えば、大きな変化も恐れなくていいような気がします。

綿野:両手がいっぱいの状態だと、何も入ってこないんですよね。何かを変えたくなったら、たくさん抱えた荷物を一度置いてみる。そうしたらまた新しいものを持てるようになるから、何かを失くしても大丈夫だと、私は思います。この現象に名前をつけたいんですよね…友達は「思し召し」っていっていましたけど(笑)。

そう語る綿野さん自身も、再び転機を迎えようとしているのだそう。

綿野:3月末で仕事を辞めるんです。今は、これからどうしようか考えているところ。
まだ何も決まっていませんが、すごく楽しみです。一度「無」になったら今度は何が入ってくるんだろうって、ワクワクしています。

取材・文:牟田悠 写真:大島拓也 編集:竹内厚
(2019年4月9日掲載)


THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。

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