おすそわけ植物で福祉施設の庭づくり、そして「お返事」のような作品も
アーティスト・山本麻紀子さんのこと #2

京都・東九条にて、おすそわけ植物や多くのもらいものとともに暮らしていた山本麻紀子さんのもとに、総合福祉施設「東九条のぞみの園」でのプロジェクトの話が舞いこんだのは2018年春。
のぞみの園は、1995年、市営住宅の1階部分を施設とする形で、京都市の公設民営の第一号となる高齢者施設として誕生。50人が暮らす特別養護老人ホームを中心に、デイサービス、ショートステイ、地域包括支援センターなどを併設している。

この施設に週1-2回通って、山本さんはほとんど使われない場所になっていた中庭に着目。そこに近所の“おすそわけ植物”を持ち寄ってもらい、中庭の再生を目指した。

#おすそわけ植物で生まれるハーモニー

山本:はじめて施設に伺ったときには、建物の構造的に外の世界に対して閉じた空間だと感じました。地域の声によってつくられた、地域との結びつきが強い施設なんですけど、印象として。でも、入居者の人たちと話を続けていると、みなさん「幸せやー」って言いはるんです。きちんとごはんが出て、お友達もできて、それももっともやなって思い直して。結局、外からは何も見えてなかったんです。

高齢者福祉施設全般に対する先入観のようなものってありますね。

山本:高齢者福祉施設がみんながもっと誇らしげに通える場所になればいいと思います。のぞみの園の中庭は、庭に通じる扉がひとつしかなくて、あまり活用されてない状況だったけど、ちょうど施設長の小笠原さんも中庭をなんとかしたいと考えていたところだったので、私がやってみたいことと方向性がうまく合致しました。

中庭から見上げれば、市営住宅の共用廊下が見える。かなりユニークなつくり。

それで、のぞみの園の中庭に“おすそわけ植物”を集めることにしたんですね。といっても、山本さんは造園の専門家じゃない。

山本:そうなんです。だけど、造園家やガーデニングのプロとかじゃなくて、むしろ地域の人が育ててはる、いろんな思いの詰まった植物を中心にして庭造りをやっていけたらというのが、最初に考えたことでした。

きれいな庭につくりなおすだけが目的じゃないと。おすそわけ植物はどうやって集めていますか。

山本:まずは施設の職員さんだったり、私が関係する人が持ってきてくださって、それから町内会の回覧板に募集のお願いを入れてもらうように、町会長さんに挨拶にいって。職員さんやプロジェクトチームのみんなで協同しながら、前へ進めています。

おすそわけしてくれた人の名前と植物名を札に記して、中庭に植え替えていく。

地域の人とみんなで地植えするため、そのイベント日まで植える場所だけあたりをつけてある。

「のぞみの園」園芸委員会の要望を取り入れて、いちばん日当たりのいい場所は土壌改良して畑に。ホウレンソウ、チンゲンサイ、パクチー、チシャ菜など。

のぞみの園のデイサービスを利用していた、ご家族が大事に育てていたというブルーベリー。おすそわけ植物ならではのエピソード。

のぞみの園でプロジェクトを進めるなかで、おすそわけ植物について考えたことはありますか。

山本:日当たりなどの条件から、植物ごとに植え替える場所を判断してもらって、その後は、これとこれは隣りに植えようとか直感的に進めていきました。すると、隣りあった植物がすごくいいハーモニーを奏でることがあって。別々の人が別々の場所で育ててきた植物が隣りあう、不思議で奇跡的な出合い、だからかな。いずれ、もとの持ち主さん同士も出会うことになれば面白いかなって思います。自分のおすそわけした植物がある庭だったら、足を運ぶ機会も出てくるだろうし、また次の植物を持ってきてくれたら、関係性はずっと続いていくので。

地植えの時期を待つおすそわけ植物たち。

のぞみの園 施設長の小笠原邦人さんも山本さんのプロジェクトの進め方に大きな共感を寄せる。

#お返事としての作品

のぞみの園の中庭は、山本さんが「ノガミッツガーデン」と命名。庭造りも少しずつ進められているが、山本さんは施設での経験をもとにさらに作品を制作。その展覧会が2月に予定されている。

山本:のぞみの園に通いながら入居されてる人たちとずっと話をして、ときにはレクリエーションにも参加しながら、そのことをいつも日記みたいにつけてたんですけど、やっぱり、いろんな思いがあって。私のことを「友達ができた」って呼んでいただいた6人の方を今回は中心にして、一緒にすごした時間で思ったこと感じたことを作品にしたいなと思いました。

ノガミッツガーデンは、山本さんの友人で、建築の仕事をしながら舞台美術をしたり自給自足生活の経験もある、たま製作所の小西由悟さんから植物まわりのアドバイスを受けている。

その作品のひとつがハンカチ。6人それぞれから聞かせてもらった話や経験談などから、ハンカチに刺繍をほどこしている。
縫い糸はすべて東九条と近くの崇仁エリアで見つけた植物から色を染めたもの。驚くべきことに、山本さんは刺繍も染めも経験がなく、思いついたイメージを形にするためにやってみたことだという。

試作してみたハンカチ。

結果的に約60種の染め糸をつくったそう。

染めた植物の覚え書の一部。

山本:ハンカチにしたのは、ご施設に入居してあの場所で生活をするとなると、ハンカチは必要ないのかなとある時にふと思いました。昔はお仕事でもお出かけでもハンカチを持っていたのに、今は必要ないのかもな…と。そう思ったとき、ハンカチというものが何か人生の過程の象徴のように感じました。話を聞いてるうちにお互いに泣いてしまうこともあって、後から、私、ハンカチ渡せばよかったのかな、でも私が渡すのも違うな…とか、ハンカチという要素が私のなかで引っ掛かっていたから。染めた糸はあえて定着剤をつけてないので、色あせたり、色が変化していきます。

草木染めを定着させないと、かなり色が変わっていきますね。

山本:そう、すでにだいぶ色が変わってしまっています。高齢者福祉施設というのはどうしても死が身近にある場所ですけど、今を生きている「生」というものを扱いたかった。そのことをずっと考えてきて、私は、生きる、変化するという意味を作品にもたせたいと思ったので、ハンカチもそういうものにしたかった。

自宅の一角が草木染めの実験場のように。

そしてもうひとつ、展覧会終了後に6人の入居者と一緒に中庭の土に埋める小さな粘土のオブジェを制作。展覧会の会場では、それをひとりひとりに手渡したときの写真、そして、粘土のオブジェが土に埋まった状態で入った植木鉢を展示する予定。オブジェがどんな形をしているのかは、山本さんと入居者の間だけが知っている状態。

どうしてそのものを見せない?

山本:秘密というわけじゃないけど、誰かとどれだけ話をしても、すべてわかるわけじゃなくて、想像するしかない部分っていうのは常にありますよね。オブジェのモチーフに選んだものは、ハンカチの刺繍にも描かれてますから。

土に埋めるのはどうしてでしょう。

山本:展覧会が終わったら、それぞれの入居者さんと一緒に、ノガミッツガーデンに埋めるつもりなんです。環境に害のない粘土を探してきたので、いずれバクテリアが分解して、ゆくゆくは中庭で育つ植物や野菜として、形を変えて生き続けてくれるだろうって思ってます。形を超えて、時間を超えて、中庭に存在し続ける様子を展覧会に来られる方にも思い描いてもらえたら。

生きる、変化ということにつながってるんですね。

山本:私としては、いろんなお話を聞かせてもらって、私はこう思いましたよってことをお返事として手渡すようなことなのかなって。ことばの手紙じゃなくて。

#福祉と芸術は遠くない

その人の存在と活動によって世界が開かれていくように感じられること。アーティストがその土地に暮らしているってこういうことだなと思う。
当然、山本さんの活動に間近で接していたのぞみの園 小笠原施設長にとっても、大きな経験だったようで。

小笠原:福祉と芸術って遠くないところにあるんだと思わされました。対話をしながら、もっとその人のことを知りたいという気持ち、その人にグッと入っていくというのは、その人の豊かな生活を実現するために福祉にとってもすごく大事なこと。ただ、介護事業の現場は人手不足などの理由もあって、コミュニケーションを取るという根本が後回しになってしまうところもある。そういう点で、山本さんには手本にさせていただくところがたくさんあるなと思いました。

1年草なので施設の玄関を飾ることになったおすそわけ植物も。中庭には多年草を植えていく予定。

山本さんののぞみの園での活動は、文化芸術の特性を活かして社会的な課題にアプローチするという京都市の事業の一環で、若手芸術家の支援を行う東山アーティスツ・プレイスメントサービス(HAPS)や演出家のあごうさとしさんと進めているもの。あくまでも単年度のプロジェクトだったが、次年度はのぞみの園が山本さんに業務委託するというやり方も検討されているそう。

福祉と芸術が並走する可能性、おすそわけが生み出すコミュニケーション、人をつなぐ植物の力。そうしたことに加えて、山本さんの活動と暮らしはすごく興味深いもの。そんなアーティストたちが、あちこちの町に暮らしているはずだと想像すれば、もっと町を楽しくできそうだ。

EXHIBITION
『山本麻紀子 いつかの話 あの人の風』

2019年2月17日(日)~24日(日)
13:00~19:00 ※会期中無休
元山王小学校 北校舎1階教室(京都市南区東九条東山王町27)
*2月24日(日)14~16時には、のぞみの園でおすそわけ植物の植え付け、野菜の収穫などを行う「みんなでお庭づくりの日」を開催。その他、トークイベントなども。
http://haps-kyoto.com/stories_breathoflife2019/

取材・文:竹内厚 写真:小檜山貴裕
(2019年2月17日掲載)


THE BORROWERS

借り暮らし、貸し借り、賃貸にどんな可能性がひそんでいるのか。多彩に活躍する方々へのインタビュー取材を通してその魅力に迫ります。いいところ、大変なところ、おもしろさ、面倒くささ…きっといろんなことが浮かび上がるはず。

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