部屋にうたえば

       

一枚の部屋の写真から
二人の歌人が短歌を綴ります。
30回は笹川諒さんを迎えて。


まっさらな蜂    笹川諒
あこがれが針のようだと思うときこころから飛ぶまっさらな蜂
花梨のど飴静かに溶けてゆくあいだこの部屋は誰の水槽だろう
背景が薄桃色でお墓からお墓が生えてくる夢を見た
胸中にひしめく小皿 「エステ荘の噴水」を聴くのはそんなとき
難しいけれど訊くのは言葉から作った照れくさい樹々のこと
陽光が英国風で鳥たちは何かのレッスンだと言っている
貨物列車のように過ぎゆく一日を見下ろす丘が意識の中に


こっちに小径    谷じゃこ
上層階から見晴らせる風景のかゆいところにすずめが届く
うすぺらのシールのような月だから貼ってあること気づかなかった
全体で見ればふしぎな並びかたしてる団地をこちょこちょとゆく
風は何も決めてくれないそのくせに角を曲がるとき邪魔をしてくる
あいまいな地図でもたどり着けるからわたしは街の才能がある
食べ歩きに回転焼きは間違いない名前に嘘も本当もない
散歩道ぜんぶトランポリンみたい晴れてるのだけが理由じゃないよ

歌集を読んでいて、よく出てくるモチーフを発見すると嬉しくなります。犬がたくさん出てくるから作者は犬好きかなとか、骨がよく出てくるけどなにかの比喩かなとか。笹川諒さんの歌集『水の聖歌隊』(書誌侃侃房)はタイトルにも入っているように、水の短歌をたくさん見つけることができます。水という字が入っているだけでなく、雨だったり涙だったり。今回のお題の写真は緑の多いよく晴れた写真なのに、水の字が2つも入っていてさすがだなと思いました。
短歌を読んで頭の中に絵や映像が浮かぶことが私は結構あって、笹川さんの短歌は外国製のカードに描かれている絵、という感じで一首ずつイメージが浮かびます。なんの変哲もない生活雑貨も、笹川さんの世界に落とせば異世界のアイテムに変身するかのようです。ファンタジーな世界を描いているわけじゃないのに、ひんやりした水が満ちているような雰囲気があるからでしょうか。ざわざわした電車やファミレスで読んでも、気づけば静かな世界にすっと入り込んでしまっているので不思議です。
笹川さんの最新の短歌は、三田三郎さんと制作している短歌誌『ぱんたれい』で読むことができます。三田さんと笹川さんで「MITASASA」というユニットを組んでいます。作風はぜんぜん違うのに、二人の間にはいいゆるゆる感が流れています。相方の三田さんはお酒の短歌が多いので、ざっくり分ければ水みたいなもんだからかなと、ちょっと納得できました。


笹川諒(ささがわりょう)

長崎県生まれ。「短歌人」所属。歌集『水の聖歌隊』(書肆侃侃房)で第47回現代歌人集会賞受賞。短歌雑誌「ぱんたれい」の最新号(vol.3)を2023年5月に発行しました。
Twitter:@ryosasa_river


谷じゃこ(たにじゃこ)

1983年大阪生まれ、大阪在住。短歌のzineを作るなどフリーで活動。『クリーン・ナップ・クラブ』『ヒット・エンド・パレード』『めためたドロップス』、フリーペーパー「バッテラ」(奇数月発行)など。鯖と野球が好き。
Twitter:@sabajaco
Web:http://sabajaco.com/

※今回のお題写真は「URアンバサダーマガジン」よりアーベイン東三国。撮影:eiji 「URアンバサダーマガジン」は、UR団地に暮らすURアンバサダーがそれぞれの目線で住み心地や地域の魅力などを発信。Facebookで連載中。

記事をシェアする
NEW ARTICLES
/ 新着記事
RELATED ARTICLES
/ おすすめの関連記事
近くのまちの団地
住まい情報へ