部屋にうたえば

       

一枚の部屋の写真から
二人の歌人が短歌を綴ります。
31回は千原こはぎさんを迎えて。


午後の水槽    千原こはぎ
もう夏の匂い 窓辺にきみはいて水槽めいてゆく午後の部屋
フィナンシェもマドレーヌもすき あかちゃんのようにやさしく開かれた箱
前にくれたすごい花束、ありがとう 息つぎをするみたいに笑う
アイスティーのからん、と鳴って夏からの合図を受け取れるわたしたち
ずっとそこにいた気がしてる平然ときみの形になる青いソファ
雑貨屋に並んだグリーンをひとつ買う 守るって孤独をなぞること
いつかきみとそんな日も来るのだろうか こころが夏を吸い込んでいる


4時のおやつ    谷じゃこ
夏だなとおもう 水出しコーヒーが淡くグラスに透けているのを
行ったことない街の名を8月の手帳に書けば字が跳ねている
音楽を止めたら鳥の声がしてまだまだ午後の明るさだった
当分は3時のおやつに困らない4時にもうひとつ3時のおやつ
また青いお皿を買ってきたのって言われる前に馴染ませておく
海色のソファは沈みやすいから深海色のクッションでもっと
ソファのファ ゆっくり口を開くからそのままあくびになっちゃうらしい

短歌は恋を詠んだものが多い印象があるかもしれませんが、「恋の短歌といえばこの人!」とすぐにイメージできる歌人って、案外多くない気がします。そんな中でも恋の短歌といえば、千原こはぎさん。今恋をしている人も、素敵な恋や切ない恋の思い出がある人も、性別年齢問わず、こはぎさんの短歌には思わずキュンとしてしまうこと間違いなしです。
歌集『ちるとしふと』(書肆侃侃房)では、短編集のように大人の恋の物語を読むことができます。「きみ」からの連絡を待っている夜も、思い通りに進んでくれない日々も、苦しいくらい健気で一途。心の揺らぎってこんなに言葉で描くことができるものなのかと驚かされます。恋心を描かせたら右に出る人はいないんちゃうかな。
歌集には恋の短歌だけじゃなくて、イラストレーター・デザイナーとして働くお仕事連作も入っています。『ちるとしふと』の表紙や挿絵も全部、こはぎさんが描かれたイラストなんですよ。めっちゃかわいいのでぜひ本屋さんで見てみてください! 今回の写真はおやつやしお仕事の休憩の連作とかかな? と写真を渡すときに予想していたのですが、ソファの凹みから「きみ」につながっていくとはさすが。こはぎさんといえば恋の短歌ってのはやはり間違いなかったです。


千原こはぎ(ちはらこはぎ)

大阪生まれ、滋賀在住。Twitterを中心に短歌のアンソロジー企画などで活動。短歌誌「うたそら」、鳥歌会、滋賀で歌集を読む会主催など。短歌本『これはただの』、歌集『ちるとしふと』(書肆侃侃房)。
Twitter:@kohagi_tw
Web:http://kohagiuta.com/


谷じゃこ(たにじゃこ)

1983年大阪生まれ、大阪在住。短歌のzineを作るなどフリーで活動。『クリーン・ナップ・クラブ』『ヒット・エンド・パレード』『めためたドロップス』、フリーペーパー「バッテラ」(奇数月発行)など。鯖と野球が好き。
Twitter:@sabajaco
Web:http://sabajaco.com/

※今回のお題写真は「URアンバサダーマガジン」より千里グリーンヒルズ竹見台。撮影:やまひつじ 「URアンバサダーマガジン」は、UR団地に暮らすURアンバサダーがそれぞれの目線で住み心地や地域の魅力などを発信。Facebookで連載中。

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