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人と人がつながる 団地暮らしの魅力

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作家インタビュー① 川島慶樹さん 

第1回フィールドワークと、その後のディスカッションで注目された川島慶樹先生のスタジオを11名の学生たちと谷悟先生が訪れました。今回は、この春に2回生になる2人がみんなを代表して質問を投げかけました。作家がどのような問題意識をもち、いかなる手法で作品を制作しているのかを知る良い機会となりました。

川島 慶樹さん (かわしま・けいじゅ)

1962年大阪生まれ。84年大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業。大学卒業と同時に、大阪、東京などで個展やグループ展で作品を発表する。89年大阪現代アートフェア―‘89(大阪府立現代美術センター)、サントリー美術館大賞展’89(サントリー美術館/東京)、95年第1回おおさかパブリックアート賞受賞展(サクラアートミュージアム)、96年‘96新鋭美術選抜展(京都市美術館)など国内外で作品を発表している。野外彫刻では、90年河内長野市民会館前モニュメント「華の羽」、93年アメリカ村(大阪市中央区) ビッグステップ北側モニュメント、97年UR都市機構高槻阿武山(大阪府高槻市)モニュメントなどがある。

阿武山八番街にあるパブリックアートについて、質問させていただきます。この作品のコンセプトを教えてください。

川島:この作品の原型となるブロンズの小品は、もとはワックスで制作しています。この手法の場合、はじめに明確なシルエットはありません。構想は、ぼやっとしていて、ただ、部分があるだけなのです。肌合いだとか細部がスムーズに繋がる感覚を大切にしています。チャンスがあれば、子どもが花の部分に座ったり寝転んだりできる大きい作品にしたい…と考えていましたが、阿武山とバロセロナでかたちになりました。

そうだったのですね。


川島先生に作品の説明を受ける学生

川島:自分の作品がパブリックアートとなる際は、そのまちに似合うかどうかを考えます。阿武山の作品は、子どもが通りがかりに遊ぶかもしれないから、高さの低い作品にしようと考えたことを記憶しています。子どもたちが、ちょっと登ってみようかなあとか、腰かけてみようかなあとか、子どもたちの遊ぶ光景を思い浮かべたりしますね。触りたくなりそうな感じでした?

はい。


川島先生に質問する学生たち

川島:子どもが踏んだ足跡とか、金属が削れた跡とかはありましたか?

子どもの足跡はなかったのですが、蝋が雨で垂れたように、作品の周りに花の形が浮き上がっているのがあって、それがすごいなあと思いました。周辺環境と一体になって、違うもののように見えたのが、パブリックアートの楽しさなのかなと思いました。

川島:緑青が吹いて不潔な感じになって触りたくない感じでしたか?

地面にきれいに映っている感じです。作品のモチーフは、花を意識されているのですか。

川島:僕は、気ままなプロセスで歩むことが多いのですが、若い時に、まだ、自分のスタイルが定まっていないということに気づいて、何かしら僕だってわかってもらえるアイコンのようなものが作品に必要だと思ったんです。繰り返し何度も何度も、同じ図柄を書いていると、ありふれた形のものでも、僕のアイコンとしていずれ認識してもらえるかなと思っていました。

お花をイメージして作ったということではないのですか。

川島:よく見ると目があるんですよね。タツノオトシゴみたいな顔をしているなあとか、今は思うんですが、作っている時は何も思っていないんですよ。 


質問に答える川島先生

作品を作られる際に、素材をどういうかたちで選ばれますか。

川島:この作品の場合は、外に設置されるからブロンズです。あと、野外ならばステンレスや石などですね。室内に置かれる作品の場合は、思い描いている形状に合理的に近づける素材や技法を選びます。だから僕の作品は、鉄や木や焼物で作りますし、最近ではポリエチレンも使います。

作品のイメージは、どのように作るのですか。

 川島:パブリックアートの場合は、とにかく危なくないようにします。折れないように芯を入れ、ヒビが入っても脱落しないようにしています。大きなテーマになることもありますから目的がはっきりしていますが、実際は、条件が多すぎると行き詰ってしまうかもしれませんね。山登りに例えると、頂上が決まっていて登山道の地図も準備されている。あとは天気が良ければ気持ちがいいし、準備体操をしておけば体の負担も少ないので、喜びの在り様が明確になります。ですが、アーティストは、もっと道に迷うことが本来だと思っているので、自ら率先して迷子になりに行くのが仕事だと思っています。たくさんの人の歩いた跡を歩くのではなくて、低い山であろうとも、藪をかき分けて進むのが僕たちの歩むべき道です。登ることがテーマじゃなくて勘を働かせて、誰も見たことのない風景を探しに行くような感じですね。


高槻・阿武山8番街にある川島慶樹先生の作品 『Mar Magician』


川島先生のアート作品のマグネット

コミッションワークで、難しいことはなんですか。

川島:そこにアートが求められているかどうかですね。本当に必要だと思っている人だけが集まれば、進む方向も一緒になってエネルギーになりますよね。プロジェクトを組むメンバーに一人でも、「いらないでしょう?」って思っている人がいると、前には進まないですよね。だから、団地というフィールドを活かして、アートプロジェクトを行おうと思えば、どうしたって住んでいる人々との連携が必要になるでしょうから、そういうところは、学生の若さで地道に頑張ってほしいと思います。

パブリックアートは、時間が経つと腐敗や錆びなどが出てきますし、例えば、触ってもらってもいいのでしょうか。また、地域住民とワークショップ等を行い、作品の周りにみなさんの作品を展示したり、学生の企画で作品に何らかのアクションを施すことをどのように思われますか。

川島:僕は、触ってもらってもいいと思っています。住民のみなさんが、撫でまわしてくれるのって愛着を感じます。そういう日常の中で愛されることって、嬉しいじゃないですか。それがアートである理由かもしれないですね。僕の作品をもとにして、新たな創造をすることは楽しそうですね。

谷:パブリックアートはメンテナンスの問題もありますが、自然の風化や変化を愛でたり、住民のみなさんとコミュニケーションを深めた上で作品のリノベーションを行う構想も膨らみました。これらを1つずつ、計画し、展開させていきたいと考えています。ありがとうございました。


川島先生を囲んで参加した大阪芸術大学の学生たちと

撮影:長谷川朋也

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