Interview

いろいろな角度でまち・団地を”語る”専門家のお話。新たな一面が発見できるはず。

専門家が語る まち・団地への想い

野田拓真さん(版画造形作家)

団地のひとインタビュー 019

伝統工芸・唐紙から見る、これからの暮らし

唐紙という伝統的な技法を用いながら、独自のデザインや色彩で襖や壁紙などを制作する野田拓真さん。今回は、2011(平成23)年からご夫妻で営む滋賀県東近江市の工房兼ご自宅を訪れ、野田拓真さんと「唐紙との出会い」や「唐紙を通じて考える暮らし」などについて、お話していただきました。

野田拓真さん(のだ・たくま)

版画造形作家。1978(昭和53)年、京都市生まれ。嵯峨美術短期大学卒業後、京都の老舗唐紙工房・唐長にて修業。2011(平成23)年独立。滋賀県東近江市へ移住、工房を開設し、唐紙の技術を工夫し現代の暮らしに寄り沿った空間づくりを行う。

野田さんと唐紙との出会いについて教えてください。

野田:はじめは嵯峨美術短期大学で版画を専攻し、銅版画を学びました。卒業後フリーターを経験し、手に職を付けて働きたいと考えるようになっていました。その時に、老舗の唐紙工房の唐長さんが職人募集を行っているのを知って、すぐに見学に行きました。唐紙は襖のイメージが強かったのですが、壁紙にも応用され、一枚一枚職人の手で摺られているということに感動しました。

そこから唐紙の世界に入ったのですね。

野田:はい。版木を彫り、紙に摺り、襖や壁などに施工する。すべての工程を見届けられるのは、私が求めている理想の形でした。大学で学んでいた銅版とは違って、唐紙は木版を使うのですが、浮世絵などで用いられる木版画とは少し技法が違うので、丸5年かけて基礎を学びました。その後独立してからは、妻の藍子と二人で野田版画工房を営んでいます。


(左)野田さん宅の襖で作品名は「まちわび」。
(右)『群馬県吾妻郡 四万温泉 積善館』客室の壁紙。

伝統的な唐紙はどのように制作するのですか?

野田:まず雲母や胡粉などの顔料を乳鉢と乳棒を使って水と糊で溶き、紙に刷毛で塗ります。色によっては何度も塗り重ねて、ムラを出さないようにします。次に、ふるいという道具を使い版木に顔料をのせていきます。唐紙制作専用の道具で、均一に効率よく色をのせられ、とても便利なんですよ。版木に紙を乗せたら、模様を摺る作業に入ります。木版画というとバレンを使ってゴシゴシと擦るイメージが強いと思うんですが、唐紙の場合は手でサッサッと撫でるようにします。摺るというよりも、写し取るという感じですね。全てが経験と勘によるものです。最後に版木から剥がせば完成です。仕上がりは、柄の下の方をよく見ていただくと、絵の具が寄ってうっすらと膨らみがあるのが分かるかと思います。これは版木から紙を離していく際に絵の具が下に溜まるために生まれるもので、これが美しく出ないと、唐紙は駄目なんです。紙の質感はもちろん、唐紙だからこそ見られるこのような風合いも楽しんでいただきたいです。

なるほど。そうやって制作した唐紙が襖などに使われるのですね。

野田:出来上がった唐紙を襖に仕立てる際には、袋張りという技法を用いて下張りをします。小さな和紙の四方にだけ糊を塗って下地から浮いた状態で何枚か重ねて張り合わせていくと、下張り全体が下地から浮いている状態になります。その上から唐紙を張ると、始めは下張りも一緒に伸びてしまいますが、乾くとピンと綺麗に張った状態になります。壁や天井に張る際も、袋張りをする事で襖と同じように、紙本来の温かい風合いを活かせるのです。


(左上)左上から時計回りに、ふるい、乳鉢と乳棒、刷毛。
(右上)胡粉や雲母などの顔料は絵の具として、古くから襖などに使用されてきた。
(左下)ふるいを使って顔料を版木にのせる様子。
(右下)「これは屏風になります。松の葉の模様を並べたデザインの唐紙の上から型紙で波のようなデザインを施す予定です。」

現在のような個性的な作風に至ったきっかけを教えてください。

野田:独立後に子どもが生まれてからは、夫婦共同で一つの作品をつくることが時間的に難しくなったので、役割を分担し、妻が版木のデザインを行い、私が唐紙を作り襖などに仕上げています。伝統的な唐紙は均一なデザインが特徴で、柄も花鳥風月を模したデザインが多いです。独立当初は伝統的な唐紙の美しさを追求していました。しかし、妻と話し合っていくうちに「唐紙とよばれなくても、野田版画工房らしい作品を制作していこう」となったんです。あえてムラが出るように塗ったり、完成した唐紙の上から手書き風の絵をのせるのは、伝統的な唐紙ではあり得なかったと思うのですが、私たちはそこに面白さを感じ、オリジナル性を高めています。四季折々の草花などからインスピレーションを受けたデザインや、人間や生命力を表現したもの、子どもが遊んでいる姿、家族を想う気持ちなど、枠にとらわれないデザインも多いです。依頼されるお客様にも、その絵画的な雰囲気が喜ばれています。


(左)松や稲木からインスピレーションを受けた版木
(右)工房の襖。近くで見ると顔料がのった箇所のふくらみが分かるくらいに立体感がある。光の加減でさまざまに表情が変わる。デザインは奥様。

以前に団地にお住まいだったことがあると伺いました。どのような思い出がありますか?

野田:私が産まれて1年ぐらいから小学生になるまで、京都の団地で生活していました。地域のコミュニティ活動が盛んだったのを覚えています。1棟約45戸の居住棟が10棟以上あり、それぞれの棟で地蔵盆があるくらい子どもたちが多くて、賑やかで楽しかったです。年に一度、有志を募って旅行へも行っていました。観光バスを貸し切りにして行くんですけど、とても心待ちで楽しみにしていましたね。夏になると大人たちが団地のスペースにプールを用意してくれたり。今では少なくなったかもしれませんが、そういう活動がたくさんありました。

これからの住まいや現代人の暮らしについて、どのような展望がありますか?

野田:ちょっと変な話になるんですが、最近“引きこもり”が増えていますよね。私がかつて暮らしていた団地にあったような、ご近所さんとのコミュニティが減ってきているのも一因かもしれません。“引きこもり”って、鍵を掛けられるドアがあるから、そうなってしまうのだと思うんです。鍵が付いているから、人を孤立化させてしまう。その点、襖はそもそも鍵を掛けられません。部屋を襖で隔てているだけなので、隣で生活している人たちの気配をちゃんと感じて、いい意味で周りに気を遣いながら生活することが学べます。人の気配を感じながら生活することが、日本では昔から当たり前のことでした。襖を付けるような和室があることで、日本人ならではの“人との間の取り方”を、生活を通して自然と身に付けることができ、孤立化を防げると思うんです。自然と家族との会話も弾み、関係も密になるのではないでしょうか。

自然の風景や生命を感じるデザインを日常の暮らしの中に取り込み生活に潤いや優雅さを感じたり、周囲の気配を感じながら関係性を築いていく昔からの日本人の暮らし方は、これからの住空間を考えていく上でもとてもヒントになりますね。

野田:そうですね。昔から日本人は、少しでも外界の自然を住空間に取り入れようとしてきました。生け花や掛け軸、もちろん襖もそうです。季節ごとに襖を変えることも当たり前の習慣でした。いまの方々も、お住まいの土地の風景や季節の草花などを襖から取り入れるような暮らしにすれば、毎日を丁寧に暮らすための基盤が広がると思います。

今後、野田さんが挑戦していきたいことはありますか?

野田:襖や壁紙などの住環境の作品から一歩出た、芸術的な作品を手掛けていきたいと思っています。見る方それぞれの解釈で、作品を感じてもらえる場に出て行きたいですね。実際に「BIWAKOビエンナーレ」に3回連続で出展させてもらったり、作品を多くの方に知ってもらう機会もありました。襖や壁紙などの唐紙の制作はもちろんこれからも続けていきますが、住環境の作品だけでなく、公共施設に入るオブジェの制作や海外での個展も視野に入れて活動していきたいですね。


2016年の「BIWAKOビエンナーレ」に出展した作品「play」

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